ウォードッグがハメられてサンド島から逃げ出した。 それから数日。ケストレルに迎えられた彼らとスノウはウォードッグ、いやラーズグリーズの一人として大統領の救出の航空支援に出て、無事に作戦を終了させている。 その作戦が終了したある日のことだった。 「スノウ、あとでちょっと話があるんだ」 そう言ってきたのは、ラーズグリーズの隊長をつとめる男、ブレイズだった。 普段は他より一歩か二歩ひいて、他の隊員たちの話をよく聞いているような物静かな男だ。 少なくともスノウはそう感じている。 だからその時も、珍しいこともあるものだと思ったがスノウはわかったと頷いたのだった。 彼とてまだ新米パイロットだ。もしかしたらいろいろ困っていることがあるのかもしれない。 たとえば慣れない艦上での生活とか、年齢的には年上のスノウを隊員にしていることや、他には…。 (恋の相談という可能性もあるな) そのスノウの視線の先には、ブレイズの二番機をつとめる女性パイロット、ナガセが颯爽と歩いていく。 ショッキングなことが次から次へと起こりながら、彼女は疲れを見せない。 そしてそんな彼女がブレイズを見つめる視線は、たしかに恋愛感情を含んだもののようだった。 ブレイズは一見、気づいていないようだったが、はたして本当にそうなのだろうか。 実のところナガセにそういう感情を抱いているという可能性は少なくない。 なにせこれまで、何度も危険を潜り抜けてきたのだろうし。 まぁ何はともあれ、どんな話をふられようと、スノウは先輩パイロットとしてそれなりの話相手になろうと思ったのだった。「で、話というのはなんだ?」 「ああ、うん…。最近俺、ちょっとおかしいんだ」 そう言ったブレイズは俯きがちに視線を彷徨わせている。 「何がおかしいんだ?」 「…なんていうんだろう。見てると心臓がドキドキするんだ」 やはり恋愛相談か、とスノウは内心で呟きながら相槌をうった。ここは聞き役に徹するべきだ。 「それに胸がキュッとなったりして、苦しいっていうか辛いっていうか…なぁおかしいだろ?」 「いや、それはおかしいわけじゃないだろう」 「…そうかな」 「あぁ。誰だって特定の人間にそうなるはずだ」 「…じゃあやっぱりこれって」 「まぁ…恋とか愛とかそういうものだろうな」 まったく恥ずかしい言葉を言わせる奴だ。そう思いながらスノウは、彼の戸惑いの感情の名をはっきりと口にしてやった。 すると途端に頬を赤らめるブレイズに、ずいぶん素直な奴だなぁと感心する。 軍にいて、ナガセを二番機にしてあれだけぴったり共にいたら、噂されるだろうに。もしかして耳に入っていないのか? 「でも、相手には迷惑だよな」 「そんなことはないだろう!」 おいおい、と慌ててスノウはそれを否定した。 ナガセの視線に、それでは本当にこの男は気づいていないのか。それはそれで本当に驚く鈍感っぷりだ。 「そうかなぁ…」 「自信を持て」 「う、うーん」 「大丈夫だ。私が保証する」 胸を張って言ってやると、ブレイズははじめて迷いのとれたような顔になった。 それから、やはりどこか照れくさそうに頷く。 「そうだな。当たってくだけてみないと…」 「そうさ、おまえなら大丈夫だ」 やはりまだまだ若いんだなぁ、こんなことで不安になったりして他人に意見を求めてしまうあたり、若い。 他人の言うことをあっさり信じるのもまた若さだとスノウは思った。 しかし。 「よし、じゃあ告白してこよう!」 「おお、さすが隊長だな」 「うん。あ、シーゴブリンどこにいるかわかる?」 「…なに?」 「知らないか。じゃあ他の人に…」 「待て待て!!なんでそこで」 「だってスノウが言ったんじゃないか。これは恋とか愛とかだって」 「…え、いや待て。言ったは言ったが…え?」 「シーゴブリンを見ていると胸がドキドキして張り裂けそうなんだよ」 そう。 ナガセ救出作戦や大統領救出、それから捕虜救出作戦と三度に渡り、シーゴブリンの護衛をつとめたブレイズは、シーゴブリンのヘリを見ただけでドキドキするようになり、息を詰めてしまうことが多い。 彼とつきあいが長いウォードッグ隊の誰かであれば、ブレイズの言っていることを素早く理解しそれは勘違いだと言ってやれただろうが、残念ながら彼が選んだスノウは、まだブレイズとのつきあいが浅かったのである。 じゃあ、と手を振って走っていくブレイズの後ろ姿を見送りながら、スノウはがっくりとうなだれた。 若い奴ってわからん、とか思ったり思わなかったり、とりあえずスノウの別の意味での苦労もここから始まる。
|