ハイブリッド・レインボウ3

 これが最後だ、と思った。
 与えられた任務は今までとは多少違っていた。
 編成されたメビウス中隊は、今までの戦いでどうにか生き延びた者たちの中から、それなりに腕のある者が選抜された。
 一番機はもちろん自分である。が、出撃が始まれば、自分は一人別行動に移る。
「メガリスは、途中までぼくたちが作っていたものだ」
 悔いているような表情だった。エルジア軍に命じられるより前に、シューティングスターという開発コードでその名の通りのものを作り上げようとしていたのだという。
「メガリスで衛星軌道上にある隕石を人為的に落下させる。燃え尽きなかった隕石はストーンヘンジが迎え撃つ。…そういう、計画で作られた」
 その施設を占拠したということは、エルジアに残る将校たちは全てを無に帰すつもりなのだ。
 彼らが、隕石を落とす。迎え撃つストーンヘンジはもうどこにもない。
 そうして、戦争が終わるだろう。どらちにも勝者はなく、人は全て死に絶えるかもしれない。
「結局、俺はあんたが作ったものを壊してまわる運命なのかもしれないな」
「…そうだね。…そうかもしれない」
 彼は悲愴な表情をしていた。作戦内容を聞いてから、どことなく落ち着かない。
「安心しろよ、もう誰もあんたの作ったものでは死なない」
「…そうかな。…そうだと、いいね」
 作戦に入ると、自分は一人戦線を離脱する。そしてメガリスの内部へ突入し、ジェネレーターを破壊する。今回は、空を飛ぶのではなく、ミサイル搬入路を飛ばねばならない。
 戦闘機で飛ぶには狭い場所だ。少しでも壁にこすれば、それは死を意味する。
「戦後には英雄が必要なんだそうだ」
「…あぁ」
「俺は戻る」
 奇妙な気分だった。ほんの少し前まで、英雄のような扱いを受けるのが嫌で、尊敬の眼差しで迎えられるのが好きではなかった。
 けれど、あの黄色13との戦いから―――そんな気持ちは、消え果てていた。
 彼らの眼差しを、受けても何も思わない。それは感覚が麻痺しているのではなくて、何かが自分の中で変わった瞬間だったように思う。
 自分の前を歩く人はいなくなった。彼はもう、自分の前を歩かない。
 どれだけ求めても、その姿はもう空に見ることは出来ない。
 最後の一瞬。勘違いかもしれない。見たと思っただけで、実際には違うのかもしれない。
 けれどたしかに、自分はあの目を見た気がするのだ。彼の、物静かな瞳を。
(…あんただったらどうする?)
 こんな時。こんな作戦の時。
 そう考えて、心は自然と落ち着いた。奇妙なほどに穏やかだった。
 確実に自分は生きて帰る。
 それを胸に刻むように、何度も何度も。



 
メビウス中隊が編成された。これでメガリスが沈黙すれば、ISAFの、連合軍の完全勝利になるはずだ。だがそのメガリスは巨大で、沈黙させるためには狭い搬入路を通過する以外にない。
 これが最後になると、エルジア軍もわかっているだろう。
 死にもの狂いになっているはずだ。そうでなければ、誰が考えるだろう。
 全てを無に帰すなどと。
 メガリスは、たしかに自分たちが作ったものだった。まだ完成はしていないはずだ。データは全て自分たちが消したし、作った頭脳たる自分たちは亡命した。
 それでも、ミサイルを発射させる程度のことは出来るだろう。そのミサイルが、確実に隕石を落とすかどうかはわからない。
 けれど確実に、彼らは発射させるだろう。もう正気ではないのだから。
 そしてそのために、メガリスを破壊するのが彼だった。彼以外の者には出来ない。
 ISAFの希望を一身に背負った彼は、その任務を受けてひどく穏やかだった。見ているこちらが不安になるほど。
「向こうも必死だろうな。…黄色中隊はいないが、それでも死を覚悟した人間は強い。怖いほど」
 中隊が編成されたのは、敵機の目をそらすためだ。それは要するに、囮になるということだ。 
 腕はたしかにいいものが選抜された。けれど誰一人として、メビウス1にはかなわない。
 だから、この作戦に出撃する者たち全てが、未帰還になる可能性があった。
 そして今までのどの作戦よりもその可能性は高い。
 整列した彼らメビウス中隊の全員が、彼の言葉を聞いていた。彼の姿を見ていた。
「いいか、俺たちはこれから危険な戦いに出る」
 はりのある声が響く。他の音は聞こえない。
「だが、俺はおまえたちを死なせない」
 不自然なほど、静かだと思った。彼の声以外の何もかもが、遮断されているようにすら思えた。
「だけど俺たちは絶対に、生きて還る。誰一人として殺さない!―――絶対だ」

「俺を信じろ」

 血が逆流した気がした。言葉は喉に詰まって出てこない。何か、叫びたいような気がした。
 それは中隊に選抜されたパイロットたちも同じだったようだ。
 僅かの沈黙の後、皆涙しながら頷いた。誰もが、彼の姿に信じて頷くだけの力を感じた。
 信じられるだけの光を帯びた瞳をしていた。
 気がつけば、彼らはすでに各々の機体へ向かっていた。その後ろ姿には悲愴感はない。
 ただ、選ばれたことを誇るような、そんな背中だった。
「凄いよ…」
 知らず呟いた。
 たしかに彼は英雄なのだ。仲間たちの中に、希望の光を灯らせてなお大きくすることが出来るだけの。



 
全員が、傍受される無線の声を聞いた。
「犬死にするな、生き残ってこそ英雄だ」
 その言葉に、ただじっと拳を握った。それでもまだ全身を震えが走る。
 これで最後。
 この戦争が―――ストーンヘンジのために起こった戦争が、もうすぐ終焉を迎える。
 それがどんな形で迎えるのか。それはわからなかった。
 誰も殺さない、と宣言した彼は、その通りに素早く敵機を攻撃した。まずはすれ違い様に敵機を二機撃破。それから反転して目につく敵をかたっぱしから撃破していく。
 そのたびに、基地では歓声が上がった。
 数分後。彼らの無線から、ついにその言葉が聞こえた。
『後は俺達でやる。―――行け!』
 メビウス1と最初から同じサインコールを持っていた彼だった。返る言葉はない。
 だが脳裏に、彼が頷くのが見えた気がして、握った拳に力が入る。震えはいよいよ止まらない。
 ほとんど祈るようにその両の手を、額に押し当てた。
 生き残る確率は今までの中で一番低い。だけれども、彼は今まで何度も生き残ってきた。
 ストーンヘンジを破壊し、黄色中隊を消した。
 彼が灯したはずの光が消えないように。そればかりを祈った。
 それから。
 どれほど時間が経っただろうか。
 やかましいほどの警告音が鳴り響いた。
 何が起こったのかがわからず、一瞬絶望的な気分になるその音は、ミサイルへの扉―――排熱口が開いたことを知らせるものだった。
 再び辺りが静まり返る。水を打ったような静けさだった。
 生きて会うことは出来るだろうか。彼が生きて戻ってくることはあるのか。
 空を飛ぶためのパイロットが、あんな狭いところで―――。
(そんなところで、死ぬはずがない)
 いつも気がつけば空を見上げていた。青い空も、夕日の沈む空も、星の浮かぶ夜空も、彼は好きだと言っていた。そんな彼が、あんな狭苦しい場所で死ぬことなんてありえない。
 それでも震えは止まらない。早く。早く終われ―――と。
 どれだけ願っただろうか。

 

 大型ミサイルだと聞いていただけあって、そのミサイルは異常なまでの巨大さだった。それを破壊すると、見えた壁に慌てて機首を上げる。その先に見えたのは、たしかに空だった。
 空へ、何も邪魔するもののない空へと戻れば、全てが夢だったように思えた。
 黄色13と戦ったことも、今そこでメガリスを破壊したことも。
『俺達は勝ったのか…?』
 どこかに、リアルさが足りない気がした。想像していた終戦とは、どこかが違った。
 かといってそれを、たしかな形で思い描いたことがあるわけではない。
 ただ、確かな証拠が欲しいと思った。
 だから言葉もなくただその無線からの声を聞いた。レーダーにうつるのは全て仲間たちのもので、数は減っていない。



 
管制室では、聞こえてきたメビウス中隊の誰かの言葉に、静まり返っていた。
 ミサイルの影は消えた。そしてそれからほんの一瞬後に飛び出してきた戦闘機に、全員が息を呑む。
 それは、たしかに彼だった。
 機体にリボンのマークを模した。エルジア軍に恐れられた唯一のパイロット。その彼が乗る戦闘機だった。
『俺達は勝ったのか…?』
 相変わらず管制室は水を打ったように静かだった。そのうち、その無線からの声に答えるように司令官が。よく通る声で言った。

「それはわからん。…が、これだけは言える。英雄は確かにいる。俺達の目の前にな!」

 その言葉に答えるように、彼の、メビウス1の機体が僚機の方角へと飛んでいく。その姿を、大型モニタがはっきりと映し出す。
 ―――それからはもうお祭り騒ぎだった。
 勝ったのだ。彼が生きている。だから勝ったのだとわかって、周り中が喜んでいる中、自分は言葉はなく俯いて泣くばかりだった。
 それでも顔は笑っていて、けれど涙は止まらない。
 彼は生きている。やはり英雄だったのだ。もうずっと前から。
 大空を飛びまわる、たしかな英雄がそこにいる。
 死んで英雄にはならない。死んで伝説にもならない。彼は生きて、そして戻ってくる。この基地に。 この大陸全ての人の命を手に。
 小さかった希望の光を、今大きく照らして、彼は戻ってくる。

 ここに。
 英雄の、メビウス1の機体は太陽の光を受けて、なお明るく輝いていた。





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タイトルの「ハイブリッド・レインボウ」はthe pillowsから。歌詞の中に、「昨日まで選ばれなかった僕らにも明日は来る」というのがあるのです。なんとなくそこから。
書きながら、ああやっぱりエルジア軍て日本軍なんだ、と思いました。第二次世界大戦あたりの。メガリスを動かすってのは、普通だったらやらないこと、なんだと思うんですよねぇ。
それは要するに、特攻のことをさすのではないか、と思いました。…どうかなぁ。黄色13のモデルが坂井さんだとすれば、それもうなずけるのですけど。

ところで泣かせてしまったし震えさせてしまいました。<開発者(笑)
そして「己の孤独を愛せ」というのは。メビウス1にはそれは英雄として一人でその場に立つことを意味するのだと思います。なーんつって真面目に語ってみたり。出展はAC3のフォトスフィアね!キースね!(笑)