祈り



 緊張で足の震える自分に比べて、彼はずいぶんと余裕があるように見えた。さすがに英雄は違う、と思いながら、暴れる鼓動をどうにか押し付ける。
 ゆったりとした足取りで、時間通りに現れた彼は、静かに笑みを浮かべた。
「…はじめまして」
「はっはじめまして。今日、御会いできるのを楽しみに…!」
 暴れる鼓動は声にまで影響して、予想以上に上擦った素っ頓狂な声になる。
 笑われるかと思ったが、彼は笑わない。むしろ真摯な表情で握手を求めてきた。求められるまま、なんとか握手をかわす。
 お互いの指先が冷たかったのが印象的だった。
 それから何を話しただろうか。自分は酷く多弁だった。咽喉が渇いて何度もコーヒーをおかわりして、それでもまだ語りたりなかった。
 あの頃の日常や、自分たちの周りにいた彼らのこと。
 それらは手紙に書いたものとほとんど変わりなかったけれど、もう一度言いたくて言いたくて。
 言葉は尽きることがないように思えた。
 どれほど喋っていただろうか。気づけば青かった空はすっかり茜色に染まっていた。
「…あの」
「ん?」
「あなたにとって、あの戦争はどういう意味がありましたか」
 戦争中には思ったことはなかった。いや、そうやって考えられるほど大人ではなかったし、そんな余裕もなかった。ただ日々を必死に生きているだけだった。
 だから、今、聞きたかった。
「…私はただ、作戦を遂行していただけだよ」
「…意味はなかった…と?」
「戦争に、意味なんてないだろう?何も生み出さない。ただそれだけだ」
 英雄として名をユージアの大陸全てに轟かす人の言葉とは思えなかった。テレビや新聞で見る彼はもっと大きく見えていた。今自分の目の前にいる人は、英雄と呼ばれてあまりあるような、そんな人には見えない。
 そうだ。思えばあの時、あの酒場にいた彼も。誰かがそう言わない限りは気づかなかったのだ。仇だなどと。そして撃墜王だということも。だから知らず知らずのうちに口が開いた。
「…あなたと、戦おうかと、思ったことがあります。一度だけ」
 一言一言、区切るように呟いた。言わないでおこう思っていたことだったが、そんな彼をまえにして、どうしても言いたくなった。
 どことなく、あの頃の彼に似ている気がして。酒場にいても、ただ寡黙にギターを弾いていたあの人に。
「…どうしてやめた?」
「戦争は何も生まない。…そう思ったからです」
 ぽつりと呟いて、ガラスごしの空を見上げる。茜色に染まった空は、言葉を失うほど美しく見えた。
「…そう、言われた気がしたんです。あの人に」
「じゃあ、間違ってないんだろうな」
 ふと笑う彼の静かな表情に、重なるようにあの人のことが思い出された。
 そのハーモニカとあわせようと言われたこと。彼が弾いた曲が今はもういない父のよく弾く曲だったこと。気がつけば彼らに依存していた自分と、受け入れてくれていたあの人のこと。
「…きっと彼は幸せだった。戦争は何も生まなくても、君みたいな子に頼りにされたんだ」
 気がついた時には泣いていた。ただぼろぼろと零れていく涙を、子供のようにぬぐいながら、ただ彼の言うことにうなずいていた。
 たとえ失うことばかりだったとしても。たとえ彼に酷い言葉を投げつけたことがあったとしても。
 幸せであったと思いたい。そう、願いたい。
 たとえそれが生きている自分たちの身勝手な祈りだとしても。
 彼のそばにいて、自分はたしかにほんの少しの幸せな時間を、もらっていたのだから。


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MGSやってた時にですね、「戦争は何も生まない」って台詞があったのです。そこから妄想。してどしてACになるのか!ってカンジですが(笑)。どこにも書かなかったけども、サイドストーリーのあの少年が大人になった頃の話です。てか短めですが日記に書くほど短くなかった。ク。