ユージア大陸でリボン付だの死神だのと言われたメビウス1は、その後フリーエルジアの蜂起に一度軍に戻ったが、結局居つくことはなかった。 その後の消息は誰も知らない。ただ、どこにでもある英雄譚の噂の一つのように、別の大陸に渡ったとか、そんな無責任な噂はあった。(まぁこっちは…軍縮もしてる。15年前の戦争以来平和そのものだ) サンド島分遣隊へ所属になった時も、その島のこじんまりとしたところと、あまりにも明るい空の青と海の青に、呆然とするくらいだった。それでも一応この島は、ユークの航空施設の一番近い島だった。平和からの島流し、なんて呼ばれてもいる。しかしISAFにいた時とは比べられない、この明るさ。太陽すら違うもののようだった。 海といえばどちらかというと、暗くて澱んだ青だと思っていたのに、ここでは何もかもが透き通っている。 振り返った。見えるのはオーシア国旗。それとウォードッグ隊のエンブレム。ISAFのエンブレムもメビウスリングも見当たらない。 ISAFにいた時とは名前もかえてある。 自分が、ISAF軍のメビウス1だなんてバレることはない。 そもそもそれなら、軍になんて入らなければいい。しかもわざわざ空軍なんて選ばなければよかったのだ。 だけれども。 どれだけ負担のかかる職業だとわかっていても、あの戦争を体験だってしたのに、それでもこうしてここにいる。言葉を尽くしても結局答えはそれだけだ。 空を飛んでいない自分なんて、きっと信じられない。 「よぅ、きやがったな?新人」 「…、サンド島分遣隊108飛行隊に本日付で配属になりました」 「おぅ、聞いてる」 そう言った男は、この分遣隊で隊長をつとめている男だった。万年大尉として有名な変わり者だ。 「他の奴らはどうした」 「は」 「ああ、いたな。ケイ・ナガセとアルヴィン・H・タヴェンポート。また個性派揃いになっちまうぜ」 にやにやと笑いながら、彼は本日付で配属になった同期の彼らを見つめている。片方はクールビューティーとファンも多いナガセ。女性だ。しかし女性だとなめてかかると痛い目に遭う。 模擬戦の成績は常にトップだった。 それからダヴェンポート。彼も目立つ。おしゃべりが過ぎてしょっちゅう上官に目をつけられるし、また反省の色も薄いからタチが悪い。彼らは少し離れたところにいた。 「おう、あいつらに伝えとけ。すぐ腕試しだ」 「はっ」 「あとお前の成績も見たぜ。ヒヨッコにしちゃ悪くねぇ」 「…ありがとうございます」 「いいね、おまえのその目。ヒヨッコのくせに修羅場を知ってるって目だ。ここは何かあった時、平和から一番遠いからな。まぁ、知ったフリはいくらでも出来る」 言葉が出なかった。頷くことも首を振ることもせず、隊長を見つめる。いかにもたたき上げの軍人という精悍な顔をしている彼こそ。 「…隊長」 「フン、俺ァ15年前現役の軍人だったからな」 ああだから。ふと気がついた。 同期で入ったナガセも、それからタヴェンポート、彼らも、戦争があったことは知っている。 知っているけれど戦場は知らない。しかし隊長―――バートレットは知っている。 だからだ。だから彼の瞳は、ユージアに生きる人々と似た目をしている。 誰だったかな。人を殺した人間は、目でわかる、なんて言っていたのは。 ―――目さ。目が違う。人を殺してしまった人間なんてのは、皆ぽっかり空洞が出来ちまったみたいな目になる。例外なんてないよ。英雄なんて、悲しい生き物さ。人殺しで称えられて、何になるっていうんだい? ―――だからね、空からおほしさまが降ってこようが、それで人間が死に絶えようが、そりゃあ仕方ないってものさ。わかるかい?天から降ってくるものに、対抗しようなんてね、バベルの塔さ。しちゃいけないことなのさ。きっと悪いことが起きる。 悪いことは、起きた。 隕石落下に向けて、その対抗策のために建造されたストーンヘンジは、結局争いをもたらした。死んだ人間がたくさんいる。 そしてそれを破壊した。ひともたくさん殺した。 きっと自分の目も、そんな風なっている。 「よぉ、よろしくなッ」 「あ、あぁ?」 突然声をかけられて、素っ頓狂な声が出た。リーゼント頭のダヴェンポートがオーバーに肩を竦めている。 「おいおい平気か?」 「ああ、平気。ちょっと考え事してた」 「何を?」 そう尋ねてきたのは、ナガセだ。 「……いや、なんか観光名所っぽいなぁって…」 「観光ねぇ、なんにもねぇぞ?」 「さんご礁くらいかしらね…、でも、たしかに綺麗なところよね。滑走路が無粋なくらい」 「俺らの滑走路に無粋はねぇだろー!」 「それだけ綺麗ってこと」 「…なんにもないと、いいよなぁ」 ぽつりと呟いた。 「おまえ夢がねぇなぁ、ヒーローになりたくねぇの?」 「いやぁ…俺はそういうのは…」 もういいや。 言いそうになって口をつぐんだ。 誰も知らない。誰にも知られてはいけない。メビウス1が、こんなところにいること。 空を見上げた。突き抜ける青の中、目にいたいほどの白い入道雲が見える。 でも、この空は綺麗だ。こんな空、一緒に飛んでみたいじゃないか。 なぁ、そう思うよな? もうどこにもいない、黄色の翼を思いながらそう考えた。
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