夢を見る。 倒れる仲間たち。魔物の生気を吸い生き延びる自分。 足元に転がる仲間たちに駆け寄って、彼らを抱き上げようとした瞬間に、鈍い音と衝撃が走って胸に、深く深く槍が突き刺さっている。 振り返るとそこに、金髪の男が立っていた。闇の中、その男の金色の髪がやけにまぶしい。 彼が握り締めた槍は、自分の胸に突き刺さっている。 ふと自分の指先が、魔物のそれになっているのを見て、全てを理解する。 自分の視界が闇に閉じて、身体が冷たい地に倒れ伏す瞬間に、彼が何か言った。 なんと言っていたのかはまだ知らない。
人が変わったみたいだ、と周囲の人々がそう言った。 それまで彼は、適当に働いて適当に生きていければそれでいいか、という程度の姿勢で生きていたので、彼の突然のその言動に、周囲はひたすら困惑した。 やめておけって、似合わねぇよ、と仲間達に言われても、今更そう言って笑う側に戻る気はなかった。どうしても追いかけなければならない事がある。だから冒険者として手続きも済ませた。何をどうすればいいのかわからなかったので、とりあえずは剣を持って戦うことにした。 世の中には便利な魔法というものも存在して、冒険者達の中には魔法のエキスパートを目指す人も少なくない。 しかし自分の性に合わない気がしたので、彼は剣を握った。戦い方なんてよく知らない。町から一歩外へ踏み出せば、あちこちに敵が潜んでいた。武器を手にして始めて、それを実感した。 「準備は?」 そう尋ねてきたのは、魔道士のタルタルだった。回復のエキスパートでも精霊魔法のエキスパートでもない。どちらもこなして剣も振るう魔道士というのをやっているタルタルだ。彼と同じく派手な金髪で、彼と違うところといえばタルタルの方が育ちが良さそうなところだった。 「…ん」 短く頷いて、部屋を見渡した。大して広くもない石造りの部屋。冒険者になるとモグハウスというものが支給される。部屋では自分専用のモーグリがいて管理する。だからこの部屋とはこれが最後だった。最後だと思うと妙に感慨深く離れがたい。 その気持ちを見抜いたのか、タルタルが念を押すように言った。 「朝になったら行くタルよ?」 「わかった」 どうしても追いかけねばならない奴がいる。 だから決意は固い。誰にどんなに笑われようとも立ち止まる気はなかった。 ふと視線に気がついて、タルタルの方を見れば、ニヤリと笑って意地悪げに首を傾げた。 「今更泣いても遅いタルよ?」 「誰が泣くか!」 思わずテーブル脇に置いてあったパンを投げつけると、そそくさとタルタルはその場から退場した。転がった白パンを目で追いかけながら、拾う気にもなれずに彼はぼんやりと立ち尽くす。 ―――冒険者になるきっかけは、町の外で起こった。 その日外に出たのは、ちょっと気になることがあったからだ。山の上に墓があるという。それが炭鉱に携わった者の墓ではないかと、ある宿屋の近くで聞いた。それを話していたのは冒険者達で、それが何となく気になった彼は外に出てみたのだ。大した準備もせずに、だ。 それを気にした理由はよくわからない。バストゥークにおいてガルカとヒュームの仲が最悪なんて今に始まったことではない。ただ何となく、気になったのだ。種族の歴史がどうこうというのではなく、ガルカたちが自分たちを見る目がいつも酷く剣呑な理由とか、そういう事がもしかしたらわかるのではないかと。 そして山を登った。山というにしても小さくなだらかな山だ。その山頂に墓があるという。 そしてあっさり獣人に見つかってしまったのだった。 いかにも自分では勝ち目のなさそうな奴が獰猛そうな声を上げて近寄ってきた。魔法が唱えられた瞬間に、殺意を感じて慌てて逃げ出した。 ―――その後の記憶が実はあまりない。 ただ、なんとなく覚えているのは、あのタルタルが走りよってきて自分に回復魔法をかけてくれた事。ただ毒は治せないと酷く慌てていたこと。そしてそのうちでかい奴がやってきて、何か腹の立つことを言われた―――。 なんて言われたんだったっけな。 覚えていないのも腹立たしいが、とにかく追いかけなければいけない。あのガルカ。 会って、そして借りを返すんだ。
冒険者になったといっても最初から強いわけではない。まずは少しずつ鍛錬の日々を過ごす。 戦い方を逐一赤魔道士のタルタルに指南されながら剣をふるった。彼の手にした武器は、町の武器屋でいくらでも売っているようなもので、これといった特徴もない剣だ。しかし自分の大切な武器だった。 「あのガルカの情報っていっても…」 横で同じように戦っているタルタルが魔法を唱えながらそう呟いた。 「なんか覚えてないか?」 「せいぜいバストゥークに入るのを嫌がってたなーってくらいタルよ。そもそもガルカって大きすぎて顔の判別つかないタル」 「…あー」 そりゃそうか、とタルタルの頭のてっぺんを見ながら思わずうなだれた。てっぺんから見るとこのタルタルの髪は金髪なんだな、という事しかわからない。種族によって身体の大きさが酷く違うから、タルタルから見たらこの世界はもしかしたらとても大きいのかもしれない。 「名前も名乗らなかったタルよ。門番のガードが言ってた気もするタルが」 「思い出したら教えてな」 「なんか聞き覚えある名前だったタルよ。ううーん」 会って借りを返すんだ。 見ず知らずの冒険者に突然助けられた上、礼の一つもさせないなんて何だか腹立たしい。 たぶん相手がガルカでなければこうまで思わなかったはずだ。ヒュームにとってガルカというのは借りなんて作ってはいけない奴らだと思う。 幼い頃からそういう風に教えられてきたし、向こうも向こうでヒュームと見れば敵意に満ちていた。だから何だか悔しかった。 それを休憩中に話して聞かせると、ウィンダス出身のタルタルは眉を顰めた。 「何だかよくわからない理屈タルね?」 「なんでだよ。だってガルカだぜ?」 「ガルカだと何がいけないタルか?ウィンダスはミスラとタルタルが共存してるけど憎みあったりなんかしてないタルよ」 その言葉に、酷く打ちのめされたような気分になった。 他の国がどうでも別に関係ないじゃないか、とも思う。ただ、そのように違う種族が同じ国に共存して、何事もない国もあるのかと思うと自分の視野の狭さに驚かされる。 「…え、エルヴァーンはどうなんだろう。あそこはエルヴァーンしかいないよな?」 「あれは貴族意識激しいのが多いタルよー。他種族なんて受け付けないタル。元々」 「そっか…」 種族がどうでも関係ないという考え方を、したことがなかった。何だかそうやって考えている自分が小さな人間に思えて恥ずかしい。それでも、幼い頃から当然のように教え込まれたその種族の違いによる差別は、自分の中に強く根付いていて消すのは難しかった。だから余計に恥ずかしい気分にさせられた。 「今度行ってみたいな、ウィンダス」 「そうタルねー。タルでもここまで来れたし、今度案内するタルよ」 そういう他愛のない会話や、目からうろこの落ちそうな他国の話。そして冒険者達の元に寄せられる町の人々の話などを聞くうちに、ふと気がついたことがある。 その頃には彼は遠出もするようになった。雷鳴轟くコンシュタット高地にも赴き、その向こうに続く砂丘にまで足を伸ばしていた。 「―――ザイドってどんな奴なんだろうなぁ」 「暗黒騎士らしいタルね」 ガルカ達から話を聞くと、しょっちゅうその名前が出る。二十年前の大戦に出た名のある戦士らしい。そして忽然とそれ以来姿を見せなくなったともいう。 暗黒騎士のガルカ、というキーワードが、二人にあの時のガルカを思い起こさせた。 名乗りもせず、バストゥークに入ることすら嫌がったというガルカ。 何だか高揚していた。どうしてそういう気分になるのかはよくわからない。ただ、近づいているのではないかと思う。 その日の夜だった。砂丘の夜は目に眩しい砂の照り返しがようやくおさまった頃だ。近くの町に入って夜を明かす者もあったが、彼らは近場で焚き火をおこして過ごすことにした。夜になると恐ろしい魔物も出現する砂丘だったが、彼らはそういったもののいない辺りを選んで腰を落ち着かせた。 遠く向こうから波の寄せては返す音が心を落ち着かせる。 「だいぶ強くなったタルねぇ」 「だなぁ。…なんかあんまり実感ないけど」 自分の手のひらを見つめてみても、さしてかわりがあるとも思えない。体力はついた。精神的にも以前よりはずっと高まった。しかしかといって何が変わったわけでもない。今でも何かの際にガルカと一緒になれば何とはなしに黙りこむ。タルタルの方はといえば、酷く明るく誰にでも接するためか、種族の差別なく誰とも仲良くなっているようだ。 「まだこだわってるタルか」 「…ん、んー…まぁ、その」 「種族なんて関係ないタルよ?悪い奴もいるしいい奴もいるもんタル。その証拠にタルタルにだって悪いのはいるタル」 「へぇ、そうなんだ」 「一回間違えて共犯にさせられかけたりしたタル。あれは悪い博士タル!」 「―――…誰、それ」 純粋な興味に尋ねてみれば、タルタルはばっと自分の口を両手でおさえた。 その仕草一つ一つはまるで子供のようなのに、考え方などは自分よりもむしろ年上のような気がするから不思議だ。 「言えないタル。壁に耳ありタルよ」 真剣な表情で何もない周囲を窺うタルタルの様子に、彼は声を上げて笑った。 それからしばらくして、バストゥークに戻った二人は一旦お互いの準備のために別れた。 といってもさしてする事があるわけでもない。いまだに自分はガルカのいる鉱山区の方へ足を向けるのは苦手だった。何が変わったわけでもない。強くなったとはいっても、それがどう生かされているのかまだよくわからない。 (変わってねぇじゃん、何にも) そう思うといたたまれなくなって、思わず町の外へ出た。昔行った山が見えた。 今ならあの山にいる獣人など恐れる必要もない。復讐というと大袈裟かもしれないが、彼はそのまま歩き出した。あの日、きっかけになった山へ。 前へ前へと進むうちに、ふと前方から野太い声が聞こえた。 ハッと顔を上げたのは、常日頃よく聞いた悲鳴だったからかもしれない。コンシュタットで、砂丘で、何度か聞いた声と同じ種類。勝ち目のない相手に対して上げる悲鳴だ。 途端に走り出した。声のする方へ。 だがその声の主を見て、彼の足はピタリと止まってしまった。というのも、助けを求めていたのはガルカだったからだ。屈強そうに見える身体つきのガルカは、どう見ても自分よりまだ弱い。剣を握る手もぎこちない。引け腰で勝てる相手にも勝てないような戦い方だった。 「………」 ぐ、と拳を握った。 ガルカを助ける必要があるのか?ガルカを助けて何になるっていうんだ?それで一体何が得られるって言うんだ。 そうしている間にも、目の前でガルカはどんどんやられていた。このまましばらく見ていれば、彼はそのうち地面に倒れ伏すだろう。それを見て、自分は―――。 昔の自分なら、笑った。 今なら、どうだろう。 何度も共に戦ったことがある。ガルカという種族に対して偏見があるせいか、ヘマをやるのではないかと粗ばかりを探した。 でも大抵のガルカ達は、仲間たちと親しげに接していなかったか。 大きな身体で何度もタルタルを庇ったりはしなかったか。 勝ち目のない魔物に襲われた時に、逃げろと合図を出して自分は一人その場に残った奴もいた。 ―――種族なんて関係ないタルよ! ガルカ達が汗水流して働く姿に笑った自分。 共に戦ったガルカの粗ばかりを探した自分。 戻りたいのか。その頃の自分に。力もないくせに自分達はガルカよりも勝っていると思っていたあの頃に。 「…今、たすける!」 回復魔法を唱える力はないから、彼は素早く剣を抜いた。 今にもやられそうな彼の前に立って、威勢のいい声で叫ぶ。 「こっちだ!」 声に触発されて、獣人が彼の方を向いた。 「た、助かった…」 「いいからアンタは安全なところにいけ。爆弾食らったら死ぬぞ」 「爆弾が来たらアンタが走って向こうへ行けばいいタルよ〜」 途端にガルカに向けて明るい光が降り注いだ。振り返ればそこに小さなタルタルがいて、こちらににやりと笑って見せる。 「見たタルよ見たタルよ〜」 「う、う、うっせぇ!!」 「恥ずかしがることないタルよ〜」 しかしタルタルの冷やかしも、何だか酷く心地がよかった。 獣人は二人がかかれば大した強さでもなく、あっさり撃沈した。ようやく安全になった頃に、ガルカは二人にこれでもかと頭を下げた。その彼を見送って、二人はこくりと頷きあう。 「もう大丈夫タルね」 「―――ん。こだわるのはやめにした」 「偉いタルよ。そんな君にいい知らせタル」 そのタルタルの口から、意外な言葉を聞いた。 名前を、思い出したというのだ。 山にタルタルが登ったのは物珍しさもあったが、やはりその上に墓があるという事だった。 町にいた旅の人に声をかけられ、墓を見てきてほしいと頼まれたせいもある。 そんな中、獣人に追われてかなり危険なヒュームを見つけた。それが今タルタルの横にいる彼である。赤魔道士というのは回復魔法も精霊魔法も撃てるが、そのかわり状態異常を回復する力はない。回復魔法をかけるのも限りがある。どうも毒を食らっているらしい彼は、少しずつ少しずつ毒に侵されていた。 「だ、だ、誰かいないタルかー!?」 しかもその頃のタルタルからは相手にするのもまずい獣人だった。 逃げまわりながら助けを求めるうちに、大きな影が二人を追い回す獣人を一撃でぶったぎった。 彼は背に鎌をしょっていて、酷く無口だった。 「た、助かったタル。ありがとうタル…」 「―――そいつは…」 「そ、そうそう毒にやられてるらしいタル。何とかできないタルか」 その頃には彼はすでにぐったりしていた。何とか意識はあるようだったがいつそれすら手放してもおかしくないくらいだ。自分は状態異常を回復することが出来ないことを告げると、ガルカは手持ちの荷物から小さなビンを取り出した。 「飲め」 それは明らかに毒消しだった。高いものでもないけれど安いものでもない。それを惜しげもなく彼に突き出したが、ヒュームの方は意識も朦朧としていて受け取ろうとしない。 「うっせぇよ…いらねぇ」 息も絶え絶えだというのにそんな悪態をついて、彼はぷいと横を向いた。 その時のガルカの表情が酷く複雑で、悪いものでも見てしまったような気分にさせられた。 「…せっかく助けてやった命を粗末にするな」 そう言うと、その毒消しをこちらに投げて寄越した。慌ててそれをキャッチすると、おそるおそるヒュームへ近寄る。 「飲んだ方がいいタル」 「うるさいって…」 「うるさいのはどっちタルかー!!」 いうことを聞こうとしないヒュームに、自分の状況を把握しろ、とばかりに勢いよく毒消しをヒュームの口に流し込むと、渾身の力でもって口をふさいだ。吐き出されるのを防ぐためだ。小さい身体を全身使っての行為だったが、そのうちガルカがぽん、と頭を叩いた。 「そのくらいにしてやれ」 「ん?」 「窒息で死ぬ」 「ありゃ」 慌てて手を離せば、すでに気絶していた。命に別状はないようだが、とにかく倒れているものを放っておく事も出来ない。すぐ近くにちょうどバストゥークがあることだし、そこに連れていこう、と提案をすると、ガルカは意外にもその提案に渋った。 どうもあの国に入るのは避けたい様子である。とはいえ、状況がそれを許すわけもなかった。 「しかしな…」 「しかしもかかしもないタルよ。タルにヒューム一人引きずって歩ける力があると思うタルか!」 そうやって無理に引きずっていくことを合意させて、バストゥークの門をくぐった。門番に彼を引き渡すと、どうやら町の人間だったらしく素早くガードの数人が彼を家へと連れていった。 タルタルもそれについていこうとした時に、門番のガルカが彼に向けてこう言ったのだ。 「―――ザイド、まさかおまえがヒュームを助けるとはな」 聞き間違いでなければ。 たしかにあの暗黒騎士らしいガルカの名はザイド、しょっちゅう名前を聞く偉大な戦士のことだった。 モグハウスは閑散としている。大して広くもないあてがわれた部屋は、必要なものしか設置していなかった。ベッドに寝そべったまま、天井を見上げて考える。 名前がわかった途端に、妙に気が抜けた。 まだ町にいるガルカ達からしかその名を聞いた事がない。その彼だというのだろうか。記憶は曖昧で途切れ途切れだったが、そんな偉大な戦士のわりには、決して近寄りがたい雰囲気ではなかったように思う。 自分達より強かったのは知っているが―――。 「なぁどう思うよ」 くぽ?とモーグリが首を傾げた。状況説明もせず突然どう思うかと聞かれても答えようもないだろうが、モーグリはくるりと宙で回転するといつもの明るい声で答えた。 「ご主人様の思うように進めばいいくぽー」 的外れのような、そうでもないような。そんな言葉に彼は肩を竦めた。 追いかけてどうしてやろうか。毒消し一本を買うくらいの金ならば、もう無理をせずとも出せるが、借りを返すというのはそんなことではない気もしている。 会って、どうしたいんだろう。 冒険者になったのは、あのガルカに借りを返すためだ。 そのために国で安穏と過ごす日々を捨てたのだ。 でもどうしたいのだろうか。 追いかけて、会って、そして。 ―――どうする? 門番をしているガードのところに行った。あの日、自分を助けてくれたガルカのことを聞こうとしたが、彼は眉を顰めて答えなかった。 理由を問いただせば、彼はバストゥークという国を好いていないからだという。 きっとそのうち、この国のことを捨てるだろうとガードは言う。国内で不満を押し込めて働く道も捨て、この国の人間として戦う道も、いつか違えるはずだと彼は言う。 「でも、アイツは偉大な戦士なんだろう?」 そう問えば、ガードはまた眉を顰めた。彼の言葉の意味を飲み込むのに時間がかかったのか、それとももっと違うのか―――とにかくその表情に、彼は首を傾げる。 しばらくして、皮肉っぽく笑うとガードこうは答えた。 「名前が一人歩きしてる。難儀な奴だがな」 そう言ったのがヒュームのガードであれば、気にもならなかったろうが、そう答えたのはガルカで、その反応は鉱山区にいる労働者のガルカ達とは全く違っていた。 どういうことなのかよくわからない。 町をぶらぶらと歩いて、必要ないと言われて作業がストップしている区域に出た。そんな場所で、ガルカ達は黙々と仕事をしている。それぞれに言いたい事があるだろうに黙り込んでいる。 ―――そういえばなんで黙っているのだろう。 冒険者として走るようになると、世界はどんどん新しく塗り変わる。 今まで見えていたガルカ達の暗い眼差しの意味を知る。しかし労働者として働くガルカ達が黙っている理由は、わからなかった。 尋ねれば答える者もいるが、大抵は曖昧に話をはぐらかされた。 「語り部ってのがいないのが問題らしいな」 「そうみたいタルね。タルタルでいったら星の神子様みたいなもののようタル」 ガルカは転生する。死ぬのではなく転生する。要するにガルカに生まれた命は永遠にガルカであるということだ。他の種族に交わることもなく、血はいつまでも純血種のまま時だけが刻まれる。その歴史を語る、歴史を記憶しているガルカというのがいるという。 「星の神子とかさ、語り部とかさ、俺みたいな普通の生まれだとワケわかんない仕組みだよな」 「異文化なんてそんなモンタルよ。大体タルからしたら、なんでそんなに馬鹿みたくでっかくなっちゃうのかわかんないタル」 「…それは異文化っつーかさ…」 思わず脱力しながらふきだして笑った。バストゥークは石の国。石を精製し石で成功を遂げた国だ。その冷えた石畳の上に座り込んで、肩を震わせて笑った。 この視線の位置が、タルタルの視線、タルタルの世界。そうやって見れば世界はなんて広くて大きいのか。ガルカ達の、転生するという命。自分達よりもずっと長く生きるその寿命。だから黙っているのだろうか。語り部がいないというだけではないとも思う。 「どうするタルか?これから」 「…ん、とにかく俺はザイドを追いかける。頭悪いから考えてもわかんねぇし。この世界どこかにいるんだから探せば会えるだろうとも思うしな」 「ほんとに頭わっるいタルねぇ」 「うっせーよ」 諦めてしまうことも出来る。ザイド、二十年前のクリスタル戦争で戦った、偉大なガルカの戦士。彼の強さはガルカの誰もが認める―――。 暗黒騎士、なのだ。 「…なってみようかな」 「え?」 「暗黒騎士。そんな簡単になれるものかは知らないけどさ。それが一番…追いかける道じゃねぇかな」 その言葉に、タルタルはしばらく無言だった。暗黒騎士に、どうすればなれるのかも知らない。ただ、そんなに簡単になれるものでもないだろう事は容易に想像がついた。 しかし彼は元々、あのガルカを追いかけて冒険者になったのだ。その為にその道を行くなら、それもまたいいのかもしれない。 「へこたれても慰めてやらないタルよ」 「誰がへこたれるかよ」 情報を掴んだのはだいぶ経ってからだった。その頃には二人はだいぶ強くなり、ジュノという国にたどり着き、そこでしばらくを過ごした。そうしているうちに、ある情報が手に入った。 「ザイドの情報を掴んだ」 「ホントタルか」 二人はその情報の言葉を信じて走り出した。チョコボに乗り込み、祖国へひた走る。 ジュノという国は人が多い。たくさんの冒険者達がたむろしている。理由はこの地がどこの国とも同盟を結ばず、戦わず、独立しているからかもしれない。 その中で、暗黒騎士の事に詳しい男がいた。エルヴァーンの男で、酷く穏やかなナイトだった。 ―――暗黒騎士…ザイドに?ではたぶん彼が詳しい そう言って口にした名は、鉱山区にいる子供のガルカの名前だった。町にいた頃には話した記憶もない。ただ、冒険者になってから何度か見かけたが、他の子供のガルカとは違ってどこか達観したところのある妙な子供だった。 「そいつがザイドのことに詳しいらしい。よくわかんねぇけど…」 「百聞は一見にしかずというタルね」 「ああ!」 逸る心を抑えながら、チョコボを走らせる。長い道のりを、チョコボは休まず走り続けた。 ロランベリーの穏やかな地域を抜け、パシュハウの沼地を越え、さらにコンシュタットの移り変わりの激しい天候の下を駆け抜けて、ようやく懐かしいグスタベルグに入った。 会えたらどうするつもりだろう。 実はまだ決めていない。 あれからいろいろな事があった。見も知らぬ土地を走り、仲間も増え、親しくなった奴も多くなった。助ける事もあれば助けられる事もあり、珍しいものを見ては感嘆し、険しい道のりを乗り越えて。 一度でもあのガルカ―――ザイドのことを忘れたわけではない。しかしその存在が、強くなればなるほど遠くなるのもまた事実だった。暗黒騎士になれるのかどうかも知らない。 どうするつもりだろう、自分は。 そう考えているうちに、あっさりとチョコボはバストゥーク前で立ち止まった。高い一声を上げて、彼らを下ろすとそれぞれ思い思いに駆けていく。 子供の名前はグンパ。まだ子供のガルカだ。 鉱山区にウェライという歳を取ったガルカと住んでいるはずだった。 しかし家を訪ねた時にはグンパ一人だけが佇んでいた。来客を知るとやはりどこか大人びた態度で二人をもてなしたが、どこか寂しそうに見えた。そのうち彼は、ウェライが転生の旅に出た事を語った。そして続けて、何かを思い出したのかまだウェライがいた頃の話を語り出す。 出てくる名前は全て、バストゥークの有名な人物のものだった。フォルカー隊長も、ザイドも。 話を聞きながら、彼がパルブロ鉱山にいる事を知る。 クゥダフと呼ばれる獣人の巣になっているという鉱山だ。 そんなところに、いるという。ザイドが。何のためかは、知らない。 グンパの家を出て、二人はほぼ同時にため息をついた。妙な息苦しさを感じていたのはどうやらタルタルも同じのようだ。 「行くタルか?」 「―――あぁ」 二人はバタバタと準備を済まして、そのままの勢いで走り出した。町を出て、少し入り組んでいるグスタベルクの行き止まり。そこにパルブロ鉱山がある。 その鉱山に踏み込んだ瞬間だった。 「!」 二人が同時に気がついた。助けを呼ぶ声だ。 狭く暗い坑道を走ると、そこではガルカが一人、苦戦を強いられていた。 その姿に、二人は息を呑む。 「ざ…」 「ザイド…?」 彼は、歴戦の勇者だ。 理解出来ない。しかしその場にいたのは、あの時自分を助けてくれたガルカに違いなかった。覚えている。髪型も、声も、立ち姿もあの時のままだ。ただ違うところといえば、驚くほど弱くなっていることだ。 あんな大した強さもなさそうなクゥダフに囲まれて、悲鳴を上げるような奴じゃなかったはずだ。 「た、助けるタル!」 「―――あ、あぁ…」 彼に襲いかかっていた複数のクゥダフは、彼らの攻撃の前にあっさりと倒れた。大した事のない強さだ。たとえ複数いたとしても、あの時の彼ならさして手のかかる相手ではないはずだ。 「…アンタ…アンタがザイドか…?」 「―――何?」 タルタルの回復魔法を受けて、地べたに座り込むガルカがようやく顔を上げた。 信じられなかった。何が起きているのかよくわからない。 「アンタはザイドなんだろう!?」 「―――おまえ、あの時の」 「そうだ、アンタに会うためにここまで来たんだ。ザイド―――」 しかしその名を呼ぶと、彼は突然高らかに笑い出した。しかしその声は次第に嘲笑じみたものに変わる。おかしくてたまらない、という風に笑う彼に、思わず怒鳴った。坑道に彼の声がこだまする。 「何がおかしいんだよ!」 「すまん、すまん―――が、俺は違う。とんだ勘違いもあったものだ」 「…あんた、ザイドじゃないタルか?」 「俺の名前はザルドだ。ザイドじゃない。あんな凄い人と、似た名前のせいでよく間違えられるが」 立ち尽くして、ガルカ―――ザルドを見下ろした。 二十年前のクリスタル戦争に赴いた、偉大な戦士だと聞いていた。 暗黒騎士は、ザイドという男のもとで広まったともいう。そう簡単に選べる職業ではないとも。 「悪かったな。これが嫌で名乗りもしなかったが…おまえには悪いことをした」 「―――ふざけるな」 「ち、ちょっと待つタル!」 思わずその場を離れた。タルタルもガルカ―――ザルドも置いて、一人で坑道を進んだ。道がよくわからなかったが、そんなもの構う気にはなれない。途中にエレベータがあったり日の当たらない川を見つけた。とにかく物凄い勢いで坑道を一人で歩いた。頭の中がぐるぐるしている。 ザイドじゃなかった。 そして酷く弱くなっていた。 あの時自分を一撃で救った姿は見る陰もない。一体どうしてそうなったのかもわからない。 妙な怒りがあった。自分の中で、妙な熱が渦巻いていた。暗い瞳で暗い坑道を歩く。途中でクゥダフが襲いかかってきもしたが、全て自力で薙ぎ倒した。 本物のザイドだったら、どれほど強いのか。 小舟が一艘、用意してあった。それに乗ればどこに行けるのか。知らなかったが何でもいいからこの場から逃げ去りたかった。 一人で乗った小舟に振動が伝わると、舟は流れに任せて走り出す。瞬く間にパルブロ鉱山を抜け―――見覚えのある鉱山に辿りついた。それは昔よく通った場所で、バストゥークに隣接しているツェールン鉱山だ。なるほど繋がっているのか、と妙に感慨深く舟を降りたところで、空気がヒヤリと冷たくなっているのに気づく。 思わず振り返った。そしてその冷たい空気の放出される中心へと近寄った。 「―――あ」 ザイドだ。 本物の。 彼がこちらに気づく前に気がついた。圧倒的な力の差があった。そして彼の周りは酷く寒かった。空気が、彼の周りだけ冷えている。まるで自分とは生きる世界が違うような空気があった。 気づかれて振り返られた瞬間、心臓を鷲掴みにされたような気分になる。 「暗黒騎士になりたいのか?」 彼の言葉は一つ一つが重かった。言葉もなく、彼はその問いかけに頷くしか出来ない。 「暗黒騎士の剣は業を背負う者の剣。決してその先に希望はない。人の悲しみ、憎しみを背負うことを義務付けられた存在。それでもその剣を手にしたい、というのならばこの古びた剣を暗黒の業に染めてみろ。その業を背負う覚悟があるのならば封印を解こう」 渡された剣はズシリと重かった。黒く塗り込められたような古びた剣は、彼の纏った空気と同じ気配を残している。重い。 「―――俺は」 ようやく口を開いた頃には、ザイドの姿はどこにもなかった。そのかわりに、あの二人が自分を追ってやってきていた。ザルド。彼がいても空気は冷たくはない。押しつぶされそうな圧迫感もない。心の沈むような気配はどこにもない。 「俺は…」 暗黒騎士に、なるんだ。 そう決めた。もうだいぶ前。ザイドの名前を知り、ザイドの情報を聞いて回り、そしてそれ以来ひたすら暗黒騎士になるために。 でも、そう思っていた彼はザイドではなかった。 ザルド。よく似た名前の別のガルカだった。 そして本物は、自分達がたやすく近寄る事も出来ないような強さを肌で感じられるほど、圧倒的な人物だった。 ―――俺は。 どうするつもりだろう。 握り締めた剣―――カオスブリンガーが重い。 剣の柄を握り、両手にその剣の重さ確かめれば、それは酷く重い。振るうことすらままならない。 あれはそういう剣だという。 「煩悩の数は108あるそうだ。知っていたか?」 ヒュームの彼は黙して語らず、無言でモグハウスへと戻っていった。複雑な心境が垣間見える。そして残された二人は、互いにぽつりぽつりと語り出した。 「知らないタル」 「その数だけ、あの剣で魔物達の血を吸うんだ。その毎にあの剣は重くなる。そしてザイドに会えば、あいつはもう暗黒騎士というわけだ」 商業区の真ん中にある広場に設置されている噴水の横で、二人は水の流れる姿を見つめながらぽつりぽつりと話していた。 「暗黒騎士、やめたタルか?」 「―――ああ」 「なんでタルか」 「俺ごときではあの力は制御できん。俺は自分が怖い」 「…よくわかんないタル」 ガルカ―――ザルドの目は確かに何か恐ろしいものを見たような目をしていた。 恐ろしいものを見て、それに恐怖した人の。 タルタルには、そこまでの恐怖の体験はまだなかった。運がいいだけかもしれない。しかしそこまで暗くなる理由を、そんな事態をまだ体験したことはなかった。 「ひとつ、聞きたいタル」 彼は答えない。 「楽しかったことは、なかったタルか」 やはり答えはなかった。沈黙が痛い。 町の外に出た。ザイドに貰った剣は酷く重い。引きずるように抱えてきたその剣を、彼は力を込めて握り締めた。今までも両手剣を手に戦ったことはある。決して重量的には違わないはずのその剣は、しかし他の武器よりもずっと重かった。 ザイドに手渡された剣だからかもしれない。 その剣が、刃の部分までも黒く塗り込められているからかもしれない。 ―――暗黒騎士の剣は業を背負う者の剣。決してその先に希望はない ザイドの言葉。 今までだって、別に希望を胸に冒険者になったわけじゃない。 ただどうしても、追いかけて、会って、そして借りを返したかったのだ。そして。 そして、どうしたいのかはわからない。 その先のことは、どうしても思い浮かばなかった。何故かはわからない。 ただひたすらに、借りを返すことばかり考えていたからかもしれない。後先考えていなかったのかもしれない。しかし後悔はしていない。 ザルドが暗黒騎士をやめていたとしても、自分はこの道を歩むだろう。 もう決めたことだ。 だから彼は、その剣の柄を握る手に力をこめた。 諦めた方がいい、と翌日ザルドにそう言われた。 暗黒騎士というのは、普通であれば耐えられないような事もしなければならない。 「どう言われたってやめねぇよ」 ぶっきらぼうにそう言った。確かに背中の剣は重い。敵と戦う時に、これほど辛いと思ったことは初めてかもしれない。敵と戦うといっても、今までは本当に恨みがあって戦ってきたわけではなかった。しかしこの剣を握っていると、まるで本当に憎しみがあって殺しているような気にすらなる。 「―――暗黒騎士の技に、ブラッドウェポンというのがある」 「何?」 「自分が敵を傷つけただけ、その血が自分に還ってくる。魔物の血か自分の糧になる。そういう技だ」 ザルドの声音は、ブラッドウェポンを語るに至ってついに暗く押し潰されそうなものになった。 暗黒騎士をやめたこの男の、苦い記憶でも呼び覚まされるのか。 「わかるか?自分の身体が魔物の血を得て生気を取り戻すんだ。自分の身体が魔物になったような気さえする。そんな技を!おまえはそれを耐えられるのか!」 「やってみなきゃわかんねぇ!」 今までだってそうだった。 町でたむろしていた頃の仲間達に、冒険者になるなんてやめておけと言われた。冒険者は日々戦いに自分の身を置くことになる。安寧の地というものもない。国のために戦ったとしても、特に見返りはない。しょせん国は傭兵を雇ったとしか思っていない。 でもそれを振り切った。やってみなきゃわからないと言い張って、必死にやってきた。 「途中で挫折した奴に心配されなくても、俺はやる!」 「何故だ。そんなにおまえは自分を魔物にしたいのか!?」 制止を振り切って、町を出た。まだ目標の数だけ敵を倒していない。この剣で倒さないといけない。ザルドの言う事をいちいち聞いてやる暇などなかった。 一人残されたザルドの横に、タルタルがやってきた。どうやら離れたところで二人を見ていたらしい。 「怖い体験でもしたタルか?」 「―――昔、俺以外が全滅した戦いがあった」 ザルドは、彼が立ち去った後を見つめて凍ったように動かない。 「よく覚えていない。何が起こったのか。…とにかく俺だけが生き残って、他は全滅した。全力で戦った。まず最初に白魔道士のタルタルが倒れた。女神の祝福を使ったらしい。あいつらは女神が嫌いだからな。…それで」 倒れた白魔道士のタルタル。誰かがタルタルの名を叫んで泣いていた。泣いている暇はないと戦士が敵の注意をひきつけた。黒魔道士のヒュームとミスラの二人が精霊魔法そっちのけで回復魔法を唱えたが、魔力の泉も使い果たし、そのまま倒れた。そしてその後すぐに戦士が倒れた。 モンクが猛攻の末に倒れ、最後に自分が残った。 「俺はブラッドウェポンで生き残った。魔物の血を啜って俺だけが、だ」 助けられなかったことがショックだった。倒れ伏す仲間の姿が生々しくこの目に焼きついている。 「俺は誰も助けられなかったのに、俺だけ生き残った…」 自分は魔物の血を啜って生きたくせに、誰も助けられなかった。激しい焦燥感に襲われた。なんで自分は一人ここで立っているのか。まるで自分が彼らを殺したような気にすらなった。 両手で顔を覆って、あの時の光景を忘れようと瞼を閉じる。 その姿を見つめていたタルタルが少し悲しそうな声で問うた。 「泣いてるタルか…?」 タルタルの手は小さくて、タルタルの身体は小さくて、ガルカの背中を撫でることも頭を叩いてやることもできなかった。だからその姿を見つめていた。 自分の身体がまるで重い鉛のようだ。それでもどうにかモグハウスまで戻りかけた時だ。 「お疲れさんタルよ」 「…よ」 二人はモグハウスのほど近くで地べたに座り込んだ。 石の地面は冷たい。足を抱えてタルタルはぼんやり空を見上げる。星がいくつも瞬いていた。 「どうタルか」 「んー…。ザルドの前では言いたくねぇけどやっぱちょっとキツい」 長いこと一緒に戦った仲間だからか、タルタルに対しては素直な気持ちになれた。 ザルドが暗黒騎士をやめろと言うたびに心は頑なになって、意地でもこの剣をザイドの元に持っていこうと思う。認めさせてやる、と思う。 「ザルドもいろいろあったらしいタルよ。…気持ちはわからなくもないタル」 「うん…」 まだ駆け出しの頃から一緒にいて、戦い方のてほどきを教えてくれたのはこのタルタルだ。前衛職というものについたことがない彼から、あれこれと戦い方を教わった。もちろん試行錯誤もあった。 しかし、だからだろうか。この小さな身体のタルタルは、いつも自分の前にいて、どこか兄のように思えなくもない。 「でも俺は絶対暗黒騎士になる。…もう決めた」 「…頑張るタルよ」 「おう」 きっとしばらくすれば自分はザイドを追ってパシュハウ沼の奥にあるベドーへ向かうだろう。 そして暗黒騎士になる。ザルドがあそこまで恐れる何かを知りたい。それまでは何にも屈しない。無理だというのならば、冒険者になる時に聞いた。 それでもここまで来たんだ。 見上げた空には赤い月が浮かんでいた。 一週間ほどして、彼は暗黒騎士の称号を得て戻ってきた。 別段何が変わるわけでもない。彼自身のどこかが変わった様子はない。 しかし彼が背にしょった武器が、鎌になった。戦士だった頃は一度も持ったことのない武器だ。 それを背負い、彼は少し照れたように笑った。 それを見て、ザルドはやはり眉を顰め、彼には聞こえないような小さな声で祈りの言葉を呟いた。 タルタルはそれを聞いていたが、止めなかった。 どちらの気持ちも、わかるからだ。 「目標達成タルね」 「まだ駆け出しだけどな」 照れたように笑う彼は、ザルドを見てやはり険しい表情になった。 「見ろよ、俺は暗黒騎士になったぞ。アンタと違って俺は、絶対挫けない」 「未来のことなんて誰もわからん。俺だっておまえと同じだった頃がある」 「じゃあどうしてやめた!」 思わず声を荒げた。酷く苛立たしい。 まだ冒険者でもなかった頃、彼に出会った。無口に自分を助け、薬を差し出した。強かった頃の彼を知っている。 自分は。 この男の借りを返すためにここまで来たのだ。 「おまえは仲間が全員死んだところを見たことがあるか」 「―――…」 掴みかかっていた手を払いのけると、ザルドは叫んだ。 「自分だけが魔物の血で生き延びて、仲間達には成す術もなかった戦いをしたことがあるのか!」 彼の声は震えていた。泣いているのだろうかと思うような、震えた声だ。 いや、違う。これは恐れている声だ。あの時の記憶が彼の中のトラウマになっているのかもしれない。助けたかったのに自分だけが生き延びたというショックが、彼に暗黒騎士の道を捨てさせたのかもしれない。 「わかるか?ブラッドウェポンで自分の身体に魔物の血が入るということが!魔物になっていくんだ。自分が!」 ふと。 彼は一歩、ザルドに踏み込んだ。そして両手でもう一度、彼の身体に掴みかかる。そのまま物凄い強さで彼を引きずるように歩き出した。 「来いよ!」 そのまま町から外へ飛び出した。タルタルもその後をついていく。彼の目は憤っていた。ザルドの目は何かに怯えているようだった。 身体の大きなガルカが、彼の前では何だか小さく見えた。 外へ出た瞬間、彼は背中の鎌を握り締めた。 「俺は絶対負けねぇ」 「―――…」 「見てろ!俺はおまえより強くなる!」 彼が叫んだ。 「俺は!俺はアンタみたいになりたかったよ!アンタみたいに強くなって、アンタに認められて…アンタと肩並べて歩けるようになるんだって」 そう叫びながら、彼はその鎌を近くにいた敵に向けて振るった。 「でももうやめた」 「……ああ、やめるといい」 「俺はアンタみたいにはならない。俺はアンタみたいに逃げ出さない。魔物の血がどうした。俺はそんなもんに染まらねぇ。いいか!」 「―――…おまえ」 「アンタが魔物の血に染まって化け物になったら、俺が息の根止めてやる!」 許せなかった。 彼が弱音を吐く姿。何かに怯えた目。知らぬ間に暗黒騎士をやめていたこと。 何も知らない間に、彼に酷く辛い事があったと聞いても、その怒りだけはおさまらない。だって彼は自分にとってはヒーローみたいなものだったのだ。 ガラではないので口にしなかったけれど、誰にも言わなかったけれど。 暗黒騎士の道を諦めたのならそれでもいい。新しく白魔道士として生きるのならそれでもいい。 「だからアンタはもう怖がるな!」 そしてその手を差し伸べた。一緒に戦おうと言っているのだ。 タルタルは笑って、そしてガルカの足を小突いた。 「大丈夫タルよ。誰も死なないタル」 「―――俺は…」 暗黒騎士の剣は業を背負う剣。 助けられなかった記憶がまざまざと蘇る。 自分だけが助かった、誰も助けられないあの無力感から、もう解放されてもいいのだろうか。 「つーか早く来いって、やられちまうだろ!」 そんな重苦しい悩みを彼はあっさり取り除くように―――いや、そんなくだらない事で立ち止まってる場合じゃないと、自分に手を差し伸べた。 思わず、もうどれくらいぶりか、久しぶりに笑った。 「仕方ない奴だ」 「誰が!」 「おまえだ」 「おまえだろ!」 「つーかアンタら二人ともタル」 夢を見た。 仲間がバタバタと倒れていく。誰も助けられない。自分だけが生き残ってしまったその業の深さに嘆いていると、ヒュームが一人やってくる。嘆く自分に、まっすぐ突き立てた槍が見える。 そして彼は言う。 ―――嘆いている暇はない。立って、そして新しく生まれ変わった世界を見ろ そしてその目ではじめて色づいた世界を見た。 新しい世界。新しい、旅の始まり。
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