高原の空模様はあえて言うなら斜めだった。 雷鳴が空に轟きただでさえ小さいタルタルの身体をびくりと震わせ―――ていれば可愛いのだけれど。
「この体勢には無理があると思うタル…」 タルタルは残念ながら冷静なのだった。可愛らしい容貌と小さな身体で普段から得することの多いタルタルという種族は、中身まで可愛いかと言ったらそれはちょっと違う。むしろ頭の良い種族なのでヘンなところで小賢しいのだった。
それでも構わない!なんて言うタルタル好きは世の中にたくさんいるのだけれど。実際可愛いタルタルもいるわけだから。 で、彼は今コンシュタット高原というところにはじめてやってきたのだった。サンドリアから来たというエルヴァーンと苦楽を共にすることになって、「やったぜラッキー戦闘が楽になるタル!」なんて思ったのだけれど、空に雷鳴が轟きはじめた頃から様子がおかしくなった。
エルヴァーンは、なぜかタルタルにがっちりしがみついてしまったのである。 「…ごごごごごめんなさいごめんなさい。でも俺駄目なんだ、雷だけは駄目なんだ」
小刻みに震え自分の小さな身体にびったりくっついているエルヴァーンというのは、端から見てもそりゃないだろ的光景なのだけれど、自分がしがみつかれていてもやっぱりそりゃないだろ的光景だった。
なにせエルヴァーンはナイト様で、ということは辛く暗い下積み戦士時代を通過したわけで…そのくせそのでかい図体で雷が怖いなんて可愛らしいこと抜かすとは。
「サンドリアの王国騎士団が見たら泣くタルよ…」 むしろ嘲笑されるかもしれないタル…と思ったが彼の名誉のために黙っておくことにした。 「ていうか重いタル!タルタルにしがみつくなんてどういう了見タルか!?タルタルにしがみついてもいいのはタルタルとミスラと相場が決まっているタル!」
「いいなぁ俺も生まれ変わったらタルタルになりたい。い、いやマジで…」 論点がズレ気味である。 ついうっかりズレた絶叫をしてしまったのは己だったが。
「大体雷が嫌いならウェザーリンクシェルに厄介になるべきタルよ!」 ウェザーリンクシェルとは、ヴァナの気象情報に特化した集団で、ほぼ100%の的中率を誇るお天気予報集団だった。ほぼ100%なので彼らの口調も「〜でしょう」ではなく「です」なのがポイントである。天気に関係あることをしたい場合、彼らに話を聞くと嬉しそうに語ってくれる。なにせヴァナ人はあまり天気を気にしないので…。
「そんな存在今の今まで忘れてたよありがとう頭いいよねタルって!」 「わかったら手を離すタルよ!!大体あんた馬鹿力すぎタル!」 「ああごめんなさいごめんなさい。でも怖くてダメなんだってマジでごめん」
なにせ二人は道沿い少し外れたところでこうしているので、時折冒険者やら商人やらがこちらの姿を見咎める。エルヴァーンのただならぬ様子にどうした?という顔をしてくれる優しい人もいれば、我関せずと歩いていってしまう人もいる。
後者であれば気楽だけれど、問題は前者である。どうした?とか聞かれても困るのだ。エルヴァーンが雷怖がってて動けません、なんて口にしたらサンドリア王国の騎士団に暗殺されてしまいそうだ。サンドリアのエルヴァーンといえば往々にしてとてもプライドが高いと有名だし。プライドのためなら命だって投げ捨てそうなイメージがある。…偏見だけど。
だからタルタルは、引き攣り笑いを浮かべながら手を振って、なんでもないと追っ払うしかないわけで。 「大体ここで雷鳴り始めたら一日経ったって鳴りやまないタルよ。ここで野宿する気タルか?」
「それは嫌だぁ〜!!」 「嫌だぁじゃないタルよッ!!だったらきびきび動くタル!!」 「それも嫌だぁ〜!!!」 「タルはこんなエルに抱き着かれてるのが嫌タルよぉぉぉ!!」
そうこうしている間にも時間は刻一刻とすぎていく。周囲に人の気配もまばらになり気がつけば夜になっていたりもするのだけれど、空に月が浮かぶことはなかった。当然である。雷は相変わらずバリバリ威勢のいい音をたてている。そして相変わらずエルは震えてタルにべったりくっついている。事態は一歩たりとも進展せず、時間だけがすぎていくのだった。
「…何してんの?」 どれだけ過ぎた頃か、タルタルの頭上から声が降ってきた。それと同時に辺りが更に暗くなる。慌てたタルタルは飛び上がりそうに驚いたが残念ながら飛び上がることは出来なかった。すっかりおびえつかれたエルが、タルにべったり抱き着いたまま寝息をたてていたからである…。
「そりゃ難儀だなぁ疲れない?」 「見ろあの顔を。タルタルの癖に年を取ったようじゃないか」
相手はヒュームとガルカの二人組だった。バストゥークという国はガルカはヒュームに虐げられていてあまり良好な関係が築けていないはずなので、この組み合わせはある意味とてもおかしいのだった。
しかも肉体派、ガテン系で知られるガルカの着ているのはローブである。 …可愛い、とはお世辞にも言いがたい。後衛の仕事をしているガルカなどついぞ見たことがなかったので何を言われてもタルタルは無言だった。頭が真っ白だったというか。
「それでどうすんの?そろそろ日付も変わるし雷もおさまると思うけどね」 「どこへ行く予定だ?」 二人は自分たちの食べ物を分けてくれた。タルタルの主食ってなんだっけ?と呟きながらヒュームがくれたのはダルメルのステーキで、タルタルは可愛いから甘いものだろうなんて偏見っぽいことを呟いたガルカが差し出したのはアップルパイとアップルジュースだった。ということはやはりこのガルカは後衛なわけで。
「え、えと…ありがとうタル…いただきますタル…」 とりあえず自分も後衛だったのでアップルパイの方をいただいた。ダルメルのステーキはこの情けないエルヴァーンにあげる予定である。
ほら見ろやはり甘いものだ、なんてガルカは嬉しそうに笑っている。ヒュームはちぇ、なんて拗ねた様子で肩を竦めていた。なんだか羨ましいくらい仲の良い二人だ。
「タルはこれからウィンダスに行く予定タル」 「へぇ?故郷に帰るの?」 すっかり野宿の体勢の四人である。この時間に旅路を急いでもいいことはあまりないし。なにせここには狂暴なでかい羊がいるという噂で、こんな夜中にこんな情けないエルヴァーンなど連れてばったり出会ってしまった日には目も当てられない。
「タルはバストゥーク生まれタルよ。ウィンダスってどんなとこか見てみたいと思って出てきたタル」 「…え、あ、悪い。悪気があったわけじゃ」 「おまえ…」
この話題をすると大抵誰もが目を潤ませる。実際このエルヴァーンだってそういう経過があったから今苦楽を共にしているわけで、思えば「俺に任せてくれ!」だなんて言ってたくせになんタルことか…とちょっと遠い目をしかけた。が、それどころではない展開が目の前で繰り広げられていることに、今更気づいた。
「苦労をしたんだなぁ!大変だったろうそれでは!」 「そうだよなぁ、あの国タルタルって少ないしさ。苛められたりしなかったか?」 それどころか女性に大人気でしょっちゅう抱きしめられたりされてましたけれども、なんて口が裂けても言えない。
子供の頃苛められていたかといえばそうでもなく。むしろガルカは優しいしヒュームも自分より小さいものには優しかったので…。 「え、えと?」 「いや、俺たちはたしかにバストゥーク出身だが気にせず本当のことを語ってくれて構わない」
「いや、えと、別に苛められてないタル…よ?」 途端に、二人が目を潤ませた。それから涙を手の甲で拭うガルカ。そして雷鳴轟く空を見上げて遠い目をしているヒューム。どちらもなんだか感動にむせび泣いているような様子だった。
「おまえ…できた奴だ」 「ほんとだよ。俺らなんてこの年になってもそんな気のきいた台詞が言えるかどうか…」 「…えと?」 本当のことを言っているだけなのだけれど。
「なぁ相棒。見捨てられないよな!」 「ああ相棒!見捨てる奴がいたらそいつの血の色は赤くない!」 ああなんかこの二人変タル…と気づいた頃には遅かった。俺たちもおまえの旅路をついていくとかなんとか、ずいぶん重要なことがあっさり本人抜きで話し合われ結論も出され、サイレスでもかかったように無言でいるしかなかった。
「ふぁ…なんかやかまし…おわっ」 ここでようやくエルヴァーンから眠りから覚めたようだった。諸悪の元凶めと手持ちの両手棍で殴りかかろうかと思ったがやめておいた。ぎりぎりの理性である。
そんなこんなで適当な経過を語ったのだけれど。 「よし、では善は急げだ。行こうか?」 「ええっ雷がまだ!」 「うむ、どうやら二日連続のようだが…」
「ていうかタルにしがみつかなくても他にもっと抱き心地よさげなのが二人もいるタル!」 いまだにしがみついて離れないエルヴァーンに、タルタルは思わず悲痛な叫びをもらしたが、ナイトの彼はあっさりと言い返してきた。
「だ、だだだ駄目だよ!雷は高いところに落ちるんだ!だから君じゃなきゃ駄目なんだぁぁ!」 その言葉に一瞬場が静まり返った。 「…そういえば雷って高いところに落ちるんだっけ?」
「そういう話だな。俺は詳しくないが」 なるほどエルヴァーンはガルカ並みに背も高い。たしかにこの中で圧倒的に背が低いのはタルタルなわけだが。
「…なんだかさぁ」 「うむ」 「熱烈プロポーズに聞こえたのは俺だけかな」 「気持ち悪いことひそひそ話してないでなんとかするタルよぉ!!」 雷は鳴り響き、動けないパーティーが一組。
なんだか微妙にでこぼこなカンジだったが、まぁそれでも平和な光景であることにかわりはないのだった。
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