ALIVE


「おまえは何とも思わないのか!」
 アレンの言葉にグレンシールはため息をつきながら顔を上げた。
 テオが息子であるリュウと闘い、その命を落としてからまだ間もない。
 死に際にテオは自分たちに解放軍へ行けと残して逝った。
 そしてまだこの雰囲気になじめないまま今に至っている。リーダーであるリュウはテオの息子だ。だがそれは同時にテオを殺した張本人ということである。
 その複雑な心境を、他の誰に向けるわけにもいかないままアレンは共に来たグレンシールにぶつけているのだ。
「テオ様は納得していただろう。だから俺も何も言わない」
 グレンシールにとってのテオはたしかに自分の誇るべき上司であった。
「…納得してただろうけど、俺は…」
 アレンにとっては、もう少し別の意味があったかもしれない。
 テオは憧れの存在でもあったし理想の姿でもあったはずだ。
 だいぶ心酔していたのは、誰あろう自分が一番知っている。
 だからといって自分にあたられるのはどうにも気分が悪い。もうこうして何度責められただろうか。
「俺は、なんだよ」
「………死ぬ覚悟もあったんだ」
 あの時のことをぼんやりと思い返す。アレンはテオにかわって私が、とも言っていた。
 それを止めたのはテオだ。
(…わかってないわけじゃないだろうけどな)
 テオは死ぬなと言っていたのだ。自分たちは若い。前途を途絶すなと言っていたのだ。
 それがわかったから、こうしてここにいるのだ。
 あのまま国に残っても、たぶん死ぬ以外の道はなかった。自分たちの国での地位ではそうならざるをえない。
「……グレンシールは冷静だな」
「……」
 アレンの呟きに、グレンシールは顔を上げた。
 別段珍しいことでもない。言われ慣れている言葉だ。
「……でも」
 アレンは俯いたまま、拳を握っていた。
 何か言うべきかと思ったが、彼の言葉を待った。
「何にも執着してないみたいで、あんまり好きじゃないよ」
 そう言われて。
 グレンシールは少しだけ笑った。
 そう来たか、と思ったのだ。
「そうかもな」
 そう答えた瞬間、アレンの表情が目に見えて悲しそうに歪んだ。
「どうして怒らないんだよ」
「…別に」
 そういえばそうかもな、と思ったが人に言われて思うようでは今更である。
 怒って感情をむき出しにするのが面倒くさいというのもある。
 言葉に乗せるのが面倒だし、怒鳴るのも、なにかの表情を作るのも面倒で、気がつけば自分は無表情にしていることが多くなったと思う。
「俺とおまえは、もう長いよな。でも一度も喧嘩してないんだ」
 たしかにその通りだった。テオの元で共に剣を振るうことになって長いが、お互い喧嘩したことはない。
 やはりそれはグレンシールが面倒臭がりなのが原因だ。
 アレンは素直に感情に出すけれど。たとえばテオの時も、死んでいく彼を前にして自分はなんて冷静だっただろうと思う。
「……別にいいだろう、喧嘩なんてしないに限る」
「…おまえ、俺のことどう思ってる」
「は?」
 アレンからの唐突な言葉に、グレンシールは思わず素っ頓狂な声を上げた。
 それに対するアレンの目は真剣で、グレンシールは答えに詰まった。
「親友じゃないか?」
 それ以外に適当な言葉が見つからなかった。
 そう言った途端、アレンの表情が暗くなる。
「だったら…どうしてぶつかろうとしないんだよ!!」
 グレンシールは困ったようにアレンを見た。
 はたしてどう言ったらわかってもらえるのだろうか。
 いろいろな人に「グレンシールはクールだ」と言われつづけてきたが、実際は違う。
 言われ慣れはしているが、自分ではそうではないと思っている。
 クールなのではなくて、表情に出すのが面倒で言葉にするのが面倒で。
 極端に面倒臭がりなのだ。
 それだけなのだが―――そういうことを言って、理解されるだろうか。
 頭の中でそんなことを考えていると、アレンが一つ大きなため息をついた。
「もういい。わかった。空回りしてるな、俺」
 しまった、と思った。思ったがやはり適切な言葉が出てこない。
 こういう時に自分のボキャブラリーのなさに嫌気がさす。
「……」
 踵を返して部屋を出ていこうとしたアレンの腕を、とっさに掴む。
 掴んだところでどうしようもないのだが、条件反射に近い。
 自分で自分の行動に困り果てながら、グレンシールは人から見ればいつでも落ち着いてみえる目でアレンを見た。
「離せよ」
 怒っている。言葉の端から伺える。というよりも身体全体で怒っている。
「…待て」
「なんだよ!」
 この状態で何か言って大丈夫だろうかと思ったが、今黙っているのはさらに始末が悪い。
 少し間をあけてから、グレンシールはぼそりと呟いた。
「…面倒なんだ」
「何が!」
「……いろいろ」
「だから!何が!」
「………行動するのが」
 言葉にするのが少しずつ遅くなっていく。頼むから急かさないでくれと思いながら、グレンシールは続けた。
「昔からこうだったんだ。…だから、困る」
「はぁ?」
 アレンにはやはり理解しにくいことのようだ。育ちも良くて素直に生きてきたのだから、自分のようになるはずもないのだが。
「…………俺は面倒臭がりなんだ」
「…で?」
「……………だから、おまえみたいになれない」
 出来ればこれで全てを理解してもらいたい気分だったが、無理な相談というやつだろう。
 予想通り、アレンは呆気にとられたような顔で、
「なんだよそれ…」
 と言った。
「…そのままだ」
「じゃあ何か?おまえは俺と喧嘩しないのも面倒だからって言いたいのか?」
「そういうことになるな」
 うなずくグレンシールに対するアレンの言葉は、かなり長い沈黙で返された。
「……………………………厄介な性格だなぁそれ」
 ようやく返ってきた言葉は実に呆れのこもった声にのっていた。
「誤解されやすいだろうおまえ」
 今しそうになった事実など見えていないのか、アレンはそう言って笑っている。
「…まぁ、な」
「…なぁ、これだけ聞かせてくれないか?」
「なんだ」
 少しためらった後、アレンは思い切ったように言った。
「テオ様のことを、どう思う?」
「…すごい人だ」
 それ以外に言葉が見つからない。テオの死について深く考えるのは、あの瞬間からやめている。
 生きろと言われたからそうする。それだけだ。
「……俺は、死にたくない」
 グレンシールの独り言のような呟きに、アレンは黙ったまままた俯いた。
「………そう、だよな」
 剣を振るうことで生きているからこそ、その思いは強くなっている。
 そうやってみて、ふと自分もやはりテオの死に少なからずショックを受けているのだと気づく。
「……」
「グレンシール」
「んー…?」
 ふと顔を上げれば、アレンがこちらを見ていた。
 やけに真剣で真っ直ぐな表情だ。
「…誰か死ぬのはもうまっぴらだからな」
「そうだな」

 だから、生きよう。生き延びてお互い笑いながら、過ごしたい。
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1です1。というかこの二人は考えれば考えるほど解放軍に似合わない人たちだなぁと。きっと物凄く葛藤があっただろうなぁというか。
んがーしかしなんですか、この話。グレンシールやけに野暮ったいキャラになってしまいましたよ。台詞がほとんどないキャラゆえに難しいですね。二人とも。ていうかこれはアレグレなのかグレアレなのか(笑)。