戦い終わって日が暮れて


「て、いうか、さ」
 微妙な間を取りながら、アレンが呟いた。
 視線に混じる剣呑な光はどうしようもない気がする。
 むしろその程度で済むとは奇跡に近い―――そうグレンシールは思った。
「俺たち何やってんのかなぁ」
「…仕方ないだろう」
 そう返して、グレンシールはアレンに気づかれないように小さくため息をもらした。
 仕方ないだろう、と自分で言っておいてなんだが、本当にそういう状況だった。
 宴の酔い覚ましに外へ出れば、城門のあたりを二人の影が歩いていくのが見えた。
 その、小さな背と、もう一つ。髪の長いシルエット。
「行かせるのかよー」
 がっちりと首ねっこを掴まれて身動きがとれないアレンが不服そうに呟いた。
 城門を出ていったその二人は、考えるまでもなく、今日の主役であるはず少年と、その少年の面倒を甲斐甲斐しいまでにみていた男だ。
「…行きたいなら行かせればいいだろう」
「無責任じゃないか!戦いが終わったらさっさと出てくなんてさ」
 アレンの言いたいことは、ほんの少しわかる気がした。
 本当は、彼の姿に今は亡きテオの面影を探していたのだ。まだ少年だというのにたくさんの仲間を引き連れて先頭に立って戦うその姿に。テオの息子であるというその事実に。安堵して、きっと彼ならいい国を作れると。そう思って。
 ―――けれど彼は出ていった。
「荷が重い。まだ…少年だ」
「その少年に、俺たちはついていったんだぜ?」
 一向に離す気配のないグレンシールを恨みがましく見上げる。どんなに不機嫌極まりないと表現してみたところで彼にはきかないようだった。
 元々この程度できいたら、こんなところにはいないのだが。
「もういいだろう」
「…そりゃあまあさ、俺たちみたいなしっかりした大人がいるから安心だって思うのもわかるけどさ」
 しっかりした大人、という部分に多少「嘘をつけ」とつっこみたくなったが、我慢してグレンシールはもうすでに誰もいなくなった城門を見つめた。
「…ここは、人が多いしな」
 いろいろな意味を込めて、グレンシールはそう呟いた。
 ソウルイーターの威力は、目の前で見せ付けられている。そうと知ったのはだいぶ後ではあったが、それでも―――テオが死んだ、その原因を、作ったのがその紋章であると聞いて、果たしてあの少年はどう感じたのだろう。
「なぁ俺たちはどうすんだよ」
 ぼんやりと、今までリーダーとして頂点に立ち続けた少年を思い出していた時だった。
 アレンの言葉に、思わずその手の力が緩む。
 いまだとばかりにアレンがグレンシールの手から逃れて、してやったりと得意げな笑顔を向ける中、問われた方はその意味がわからず眉を顰めた。
「…どういう意味だ?」
「いや、ほらさぁ。ここにいりゃたぶん俺たち、将来不自由なく生活できると思うんだけど」
「…まぁ、そうかもな」
 このグレッグミンスターの、その城で前と同じように将軍についていくことになるのだろう。たしかにそうすれば、何不自由のない、恵まれた生活が出来る。
「なんかつまんなそうだなーって…」
 そう言うアレンの目は、やはり城門へと向かっていた。
 すでに人影はどこにもなく、風が木々を揺らしている。
「…そうか?」
「うーん。いやなんてーの?もっといろんな世界見てみたいなぁというか」
 羨ましいのだ、たぶん。あの少年が。
 テオの部下だった頃から、よく彼を知っていた。それこそ挨拶をする程度だったけれど、優しい強い目をしていて、きっといい男になると思っていた。
 それがあんなことがあって、それでも先頭に立って、そして事が成った瞬間に姿を消す。
 決して幸せとは言いきれないが、それでも羨ましい、と思うのはなんなのだろう。
「おまえじゃどこにいっても揉め事起こすだけだ」
「なーんーだーとー?」
 独り言のつもりだったが、自分の声にしては大きかったようだ。
 気がつけばアレンが不吉な笑顔を向けている。
「じゃ揉め事起こさないって言えるか?」
 いつもはここで面倒だから「ハイハイ悪かった」で済ますのだが。今日だけはそういう気分ではなかった。
 グレンシールの言葉に、アレンはすっかり機嫌を損ねたようだ。
 それでも否定できないのか、黙り込む。その沈黙に笑いが込み上げて肩を震わすと、アレンが睨みつけてきた。
「俺思うんだけどさぁ」
「?」
「グレンシールの笑い方ってわーりと人の神経にクるよな!」
「…爽やかな笑顔だと言われたことならあるが」
 思わずそう返せば、アレンから「そいつは目が腐ってるに違いない!」と速攻で決め付けられた。
 こうなると面倒なので言い返す気も起きない。
「なぁ、どうする?」
 ぼんやりと頬杖をついて、アレンはもう一度そう首を傾げた。
 本当は自分にも、旅に出たい気持ちはある。もちろん外の世界を見てまわりたいし、テオのいないこの土地にいつまでもいる理由が、ないような気がした。
「…行くか?」
 だから、思わずそう呟けば、やけにアレンが目を見開いているのに気づく。
 なにか妙なこと言っただろうかと思って、それから―――たしかに妙だと内心苦笑した。
「じゃあどこ行く?」
「…そうだな。俺は」

「あ、俺ね、ハルモニアの方いってみたい」
「…南の方…」

 二人の言葉が綺麗にぶつかった。しばらくの沈黙の後、二人で同時に大きなため息をつく。
「なんか俺、今ものすごく面倒くさそ〜な道中が予想できた」
「…奇遇だな」
 そういえば出会った頃からこんな風だったような気がする。何をするにも大抵お互い逆の意見でそのたびに衝突したわけだが。
「いいかぁ別に!ここで一生終わってもさぁ」
「…テオ様の守ったところだしな」
「お、いいこと言うじゃん」
 戦いは終わって、残るのはこの国の平穏のための静かな戦いだけだ。
 そういったことは自分たち向きではないけれど、それでもたぶん、それなりの仕事はあるだろうし。
 ここで二人で、テオとその息子の―――たったさっきまで自分たちのリーダーであった彼の守ろうとした土地を。
 二人で守っていければ、それでいいじゃないか。
 とりあえず二人は、もう一度城門を見た。やはり誰もおらず、冷えた夜の風が木々を揺らしている。
それでもいつかは、行ってみたい。
 どこか知らない土地へ。
 少し浸りすぎかと苦笑して、ふとその風の冷たさにそろそろ戻るか、と口を開きかければ、アレンの遠慮知らずのくしゃみが余韻をかき消した。
「うっお寒―!戻ってまた酒飲もうぜ」
 大袈裟にそう叫ぶアレンに軽く憎まれ口など叩きながら、二人は明るい広間へと戻った。


 少年が出ていったことが騒がれたのは、それからだいぶ経ってからだった。
 騒ぐ人々を他人事のように見つめてから、なんとなく二人で顔を見合わせて、思わせぶりにニヤリと笑うと、一気にグラスのワインを飲み干した。

BACK
アレンの口が悪くなりました。前の、「ALIVE」の時はもう少し。もう少し…違った気がする!たぶん!(汗)。タイトル通りでそれ以外の何もない話。ぐっは(笑)。
結局地奇と地猛だしさーただこの二人の喋り方とかよくわかんないんで。えーと。うん。大目に見てください。あうあう。ちなみに友情です。まごうことなく(笑)