たまたま、素敵。


 もしも憧れるとしたら、それは、それこそ戦いの時に強くて頼りになる男だ、と思う。
 そう、たとえばビクトールのような、精神的にも肉体的にも強い太陽の下にいるべくして生まれたような男とか。
 フリックのような魔法の強さもいいと思う。「青雷のフリック」と呼ばれるほど人に噂される男になりたいとも思う。第一フリックは顔もいい。
 それにそれを言ったらこの間参入したマチルダの元団長二人とて素晴らしい。訓練を受けた上品な剣技だと思う。顔もいいし。
 そこまで考えて、フリードは大きな大きなため息をついた。
 割り当てられた執務の部屋からは、洗濯場が見えて、そこにはいつもいつもヨシノの姿が見えた。
(……はぁ)
 こんなことを考えるのは、最近妻であるヨシノがこの同盟軍に参加したからである。
 薙刀を使えるから、とヨシノに言われた城主のリョウは、彼女をじっと見て何を思ったか突然紋章師のところへ連れていった。
 帰ってきたら、その手に水よりも巨大な力を秘めた紋章、流水の紋章をつけていた。
「見た時に、優しい人だなぁーって思ったので水の紋章使えるんじゃないかな、って思ったんです。 紋章師のジーンさんに聞いたら相性がいいって言うから、大切にとっておいた流水の紋章を」
 水の紋章は、癒しの力が大きい。それが彼女の右手に宿って以来、彼女は何かにつけて城主に呼び出されて出かけることが多くなった。
 その点自分はというと、日に日にデスクワークの仕事が多くなっている。もちろんデスクワークをやる人間は他にもいたが、元々フリードはグライマイヤーの元でそういう仕事をしていたから、それが嫌なわけではないのだ。
「はぁ…」
 フリードは、もう一度大きなため息をついた。
 ふと気がつけば、洗濯場のヨシノにカミューが声をかけていた。
 後ろには数人の赤騎士の姿も見える。声が聞こえないと、何の話をしているのかわからなくて余計に気になった。
 そっと音を立てないように窓を開ける。やはり二人の声は聞こえない。
 が、どうやら騎士たちの服の洗濯物を頼んだようである。彼らは戦場に立つことが多いからいつでも訓練をしている。がっちりと着込んだ彼らだから、洗濯は欠かせないのだろう。
 カミューの後ろにいた騎士たちが、頭を下げて恥ずかしそうにしている。
 ヨシノはそれを、屈託のない笑顔で頷いた。
 彼女のそばに、ちょっとげんなりするような量の洗濯物が置かれた。
 ラダトにいた頃から彼女は洗濯が好きだった。基本的な家事は一通りこなす中で、彼女は洗濯をしている時が一番楽しそうで、フリードは休日などはそれを見るのが好きだった。
 ―――が。
 なんとはなしにため息がこぼれるのは、それは彼女が誰のものでも楽しそうに洗濯しているからかもしれない。
「…フリード殿」
 呼ばれてはたと自分が今までやっていたことを思い出す。
 慌てて振り返れば、困ったような顔をしてクラウスが立っていた。
「あ、す、すいませんすいません!!」
「いえいえ、いいんですよ。少しは休憩も必要ですよね」
 クラウスにはどうやら自分がやっていたことがわかったようである。にこやかに微笑まれて、何やら恥ずかしい気分になった。顔が赤くなっているのが、自分でもわかる。
「シュウ殿や私のように、根を詰めてデスクワークをする必要は、ないと思いますよ。フリード殿は城主殿にも呼ばれることがあるでしょう」
 最近お呼びがかかりませんとはさすがに言えず、フリードは黙るしかなかった。
 とりあえずこれ、と口でそう言うわりにたくさんの量の書類を手渡すと、クラウスは礼儀正しく部屋を出ていった。
 ―――自分は、シュウのように常に冷静で物事を客観的に見ることは出来ない。
 クラウスのように、育ちが良いわけでもないから、あそこまで上品なわけでもない。
 顔も人並み程度だろう。力も普通の男程度で剣も魔法も目立つ力があるわけではない。
 もう何度目かわからないため息を、盛大につくとフリードはもう一度だけ、外を見た。
 洗濯場には、ヨシノと城主のリョウがいた。
 ヨシノは話を聞いていたかと思うとこくりと頷いて、彼の後についていく。
 また、出かけるのだろう。
 そう思うと、フリードは頭を振って書類と向き直った。



「さきほどはどうも」
 リョウに呼び出されて集合場所に出向けば、どうやら今回はずいぶんと力強いメンバーで向かうらしい。カミューとフリック、ビクトールがすでに集まっていた。
「いいえ。少し時間がかかりますけれどよろしいですか?」
「あれだけの数をすぐに、とは言いませんよ」
 談笑していると、フリックとビクトールがなんだなんだと顔を出してきた。
「ああ、ヨシノ殿に洗濯を頼んだのですよ」
「あ〜騎士団の奴等って涼しい顔してっけど溜め込んでそうだよな」
 ビクトールがそう言ってけらけらと笑う。そういえば俺もたまってる、とフリックがぼそりと呟けば、ビクトールも俺も当然、と頷いた。
「放っておくと大変なことになりそうですからね。こちらに来る際に、家族まで連れてくることは出来ませんでしたから、彼らは」
「なんでしたらフリックさんたちもどうぞ。心を込めて洗わせていただきます」
 にこりと笑うヨシノの言葉に、フリックはしぶっている。当然そうなれば下着も手渡すことになる。それが恥ずかしいのだろう。それを見たカミューが肩を竦めて言った。
「ああ、じゃあニナ殿にやっていただいたらどうです?喜んでやってくれると思いますよ」
「…お願いします、ヨシノ殿」
「はい」
 あっさりと折れたフリックにビクトールはさらに大笑いしている。俺のもよろしく、と軽くお願いするビクトールにフリックがそういえば何日着替えてないんだと騒ぎ出した頃、トモを連れてリョウが戻ってきた。
「じゃ行きましょうか」
「んで今日はどこに行くんだよ?」
「あっちこっち!」
 リョウはにこにこと笑っている。手には何かを書いたメモが握られていた。
「なんだよそれ?」
 フリックがそれを見て問えば、にこにこと笑ってリョウが答えた。
「買い物リスト。ヨシノさんがね、フリードさんにあげる眼鏡で。トモちゃんがツァイさんにあげる薬で。カミューさんたち三人はお酒でしょ?」
「…たしかに珍しいのが飲みてぇっつったけどよ。よく覚えてたな?」
「僕もね、アイリとかナナミにあげたいものあるし。そしたらちょうどみんなほしいものあるって言うから」
 そうして全員で出かける準備を整えると、意気揚々と城を後にした。



 城主が今回どこに出かけたのかと尋ねれば、答えは実にあっさりとかえってきた。
「今回は買い物がしたいと言っていたからな。あちこち歩きまわるそうだ」
 そう話しながらもシュウは手元の書類を片付けている。目を通したと思えば素早くその書類になにごとか書き込み、さっそく一枚フリードに突き返された。
「何か気になることでもあるのか?」
 シュウの言葉に、フリードは慌てて首を振った。
 もちろん気になることといえばヨシノのことであったが、なんとなく言い出せる雰囲気ではない気がした。
 慌てて部屋を出ると、クラウスとばったりと行き会う。
「あ、仕事終わられましたか?相変わらずお早いですね」
「いえ、いま手直しを」
 クラウスはそうですか、と微笑むとフリードの手にあった書類を見た。
「…シュウ軍師は今機嫌が悪いのですよ。城主殿が買い物に出かけられたでしょう?私用のものが欲しいと無理に出かけられたので」
 クラウスは肩を竦めて笑った。
「ほら、だから厳しいのですよ。急ぎの書類でないのなら、今日再提出はしない方がいいですよ」
 その言葉に、はい、とだけ頷いて、フリードは自室に戻った。
 どうやら今回は危険な目に遭うこともなさそうだ。クラウスの雰囲気からそう感じたのだったが、やはり帰ってくるまでは安心できない。
 ぼんやりとため息をついて、フリードは起き上がった。
 たとえ心配だろうとも、やはり人間腹は減る。
 食堂に行こうと立ち上がって、フリードはもう一度ため息をついた。



「珍しいですね」
 一人黙々と食事をしていれば、マイクロトフに声をかけられた。
 そういえば午後になってから赤騎士団長のカミューの姿も見ていない。
「今日は…あぁ、出かけられたのですか?」
 誰が、とは問わない。基本的にフリードの食事はヨシノが作っていて、書類が片付かない時などはいつも執務室に届けられた。
 最近そういうことが多かったので、あまり食堂で食べることもなかったのだ。
「え、ええ」
 マイクロトフの周りには、赤と青の騎士団の者が何人かいた。この時間の食堂は混んでいるから自然と相席することになる。マイクロトフは礼儀正しくあいているかと聞いてきて、フリードはどうぞどうぞとすすめた。
「そういえばヨシノ殿にはご迷惑おかけしていますッ」
 当然相席したうちの赤騎士が、フリードに向けてそう言って頭を下げた。
 何事かと思えば、どうやらあの時カミューと共にヨシノのところを尋ねたらしい。
「俺たちどうもまだこっちの生活に慣れてないもので」
「ヨシノさんはフリードさんの奥さんだからちょっとと思ってたんですけど」
 情けなさそうにうなだれる騎士団の面々に、フリードはあたふたとフォローをいれようとする。が、それをするより早く、全員で追い討ちをかけるように呟いた。
「もう絶望的に溜め込んじゃいまして…」
 思わず声にならずフリードは絶句した。もちろんマイクロトフも同じである。
 しばらくの沈黙の後、その中の一人が勢いよく立ち直った。
「フリードさんが羨ましいです!あんな奥さん俺もほしいー!」
 声に切実さが感じられて、フリードはそういえば騎士団は男ばかりだと思い至る。
 それからは、フリードとヨシノがどうやって出会ったのかとか、プロポーズの言葉は、とか、とにかくそういった下世話な話題が中心になった。
 マイクロトフがやめるように言っても勢いづいた連中が止まるわけもなく、フリードはめでたく本日の犠牲者となったのだった。



 どれほど食堂にいたかわからないが、とにかく解放されたのはだいぶ経ってからだった。
 騎士団の面々はこれから酒場へ行くらしい。つくづく元気だとため息をつきながら、フリードは部屋に戻ろうとした。
 ―――と。
「あなた様」
 思い切り驚いて振り返れば、そこにヨシノがいた。他にもどうやら一緒に出かけていたらしい面々がいる。
「今帰りました。遅くなって申し訳ございません」
「ごめんなさいフリードさん、みんなのほしいもの探してたらまたたきの手鏡使っても時間かかっちゃって」
 リョウが申し訳なさそうに頭を下げるかたわら、ビクトールとカミューはにこにこと笑いながら頷く。
「ええ本当に。どうしてあの程度の距離歩くだけでモンスターと遭遇するんでしょうね」
「だから悪いっつってんだろ!?どうせ俺のせいだ畜生!」
「悪かったなーフリード。早く帰ろうとは思ったんだぜ?」
 二人はがっちりとフリックの両肩を掴んでいて、フリックは青褪めている。
 なんだろうと思っていれば、トモからの軽いフォローがあった。
「フリックさんたちはね、この後酒場になだれ込むらしいですよ。おごらせるって騒いでました」
 じゃ、と走っていくリョウとトモは、それぞれ向かうところがあるらしい。足早に去っていくのを見て、フリックたちもそれでは、と酒場へ向かった。
 酒場にはそういえば騎士団の者たちが騒いでいるはずなので、なんとなくフリックの不運さに拝みたい気分になる。
「あなた様、お仕事は終わりました?」
 誰もいなくなった廊下で、ヨシノが尋ねる。
「あ、ええはい。今日の分は一応」
「そうですか。お勤めご苦労様です。これ、貰ってください」
 差し出されたそれは、眼鏡をいれる布製のケースだった。
「え、こ、これは?」
「前に古くなったとおっしゃっていたので」
 そういえば自分の眼鏡は、ツルの部分が痛んでいてそろそろ買い替えなければと思っていたのだ。
「今日は皆さん買い物に出かけられるというので、連れていっていただきました」
「あ、ありがとうございますヨシノ殿」
 顔が赤くなるのがわかった。そのまま、新しい眼鏡をかけ直す。
「ど、どうでしょう」
「思った通り、よくおにあいです」
 にこにこと微笑むヨシノに、フリードはふと窓から空を見上げた。
「夕食は食べましたか?」
「いえ、まだです」
「じゃあ、食堂にいきませんか」
 頷いたヨシノを見て、フリードは踵を返した。
 その後ろに、ヨシノはついていく。
 ふと、フリードは何かヨシノに買ってこよう、と思った。
 ―――たとえば、そう。
 手が荒れるだろうから、そういうことに効く、薬を。

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フリード×ヨシノです。書きたかったんで本望です。あとはキニスンエイダが書ければ!書ければ!!!(どこかの空へ大絶叫)
フリードとヨシノはどっちが使えますかと聞いたら、ヨシノだなぁと思うんですよね。そんでもってそれでもヨシノはフリードさんがいいのさーという話がかきたくて。
基本的に盛り上がりも何もない話でございますが。