HIGHER SELF


「マイクロトフと仲がいい…ですか」
 言われた言葉を反芻するように、カミューは半ば呆然としながら呟いた。
 言われても仕方のないことである。が、カミューにしてみれば不本意極まりない。
 そう、一方的に付きまとわれているのだから。
「違うのか」
 上司である団長に不思議そうに言われて、カミューはとりあえず笑った。
「…そう、ですね」


 仲がいいというのはこの場合でも通用する言葉なのだろうかとカミューはため息をついた。
 というのも、はじめて剣を交えた試合以来、マイクロトフはとにかく手合わせをしろとうるさいのだ。
 あの試合にはカミューにとっていろいろな意味があった。そのことをマイクロトフは知らない。知らないから、自分よりも腕の立つ者と手合わせをしたいと思うらしい。とにかくしつこい。
 暇さえあれば「手合わせをしよう!」である。
 いつもはそれでも時間がないだの疲れているだの言って逃げてきたのだが、そろそろ言い訳するのも限界に近い。
 さてどうしたものかとため息まじりに考えていると、背後に気配を感じた。
「カミュー!」
 すでに聞きなれてしまった声に呼ばれてカミューはゆっくりと振り返る。
 走ってくるのは予想通り、出来れば避けて通りたい人物だった。
「時間あるか?」
「…まぁね」
「じゃあ手合わせをしてくれ!」
 嬉しそうに言う姿に、それが嫌だから逃げ回ってきたというのにどうしてわかってくれないんだと毒づきたい気持ちを抑えて小さくため息をつく。
「…いいけど」
 声のトーンが心持ち暗くなったのは仕方ないことだと思う。


 それから数日。
 マイクロトフが近づいてこないことにカミューは心底ほっとしていた。
 手合わせをしろと言われて、受けた。
 が、本気ではやらなかった。
 理由は簡単である。勝つ理由がなかったことと、このまま勝ち続けるとたぶんマイクロトフが自分に勝つまで「手合わせしろ」というからである。
 だからわざと負けたのだ。
 それ以来、マイクロトフはカミューの前に姿を見せない。
 彼がほしかったのは自分より剣技の強い奴だったのだから当然である。
(簡単な奴でよかった…)
 顔には出さずに内心で笑う。
 あの程度の演技でまとわりつかれずに済むのだから単純な奴だ。
 もう少し早くこの手段に出ていればよかったとすら思う。
 そして出来ればさっさとあの試合のことを忘れてほしいと思った。
 あのはじめてマイクロトフと剣を交えた試合には、大きな意味があった。
 このマチルダ騎士団で自分がうまくやっていくために。
 この閉鎖的な騎士団の中で自分の力を見せつけて納得させなければいけなかった。
 だから負けるわけにはいかなかったのだ。
 ロックアックスの出身でないからこの街を守る意識が薄いだのと言われて軽んじられて、それでもそんなことにこだわる彼らより自分に力があると、あの試合で見せつけてしまわなければいけなかった。
 だからこそ、マイクロトフにも勝つ必要があった。
 それだけだったのだ。そしてそれはうまくいった。だから、もうあの試合のことは忘れてほしい。
「カミュー!」
 ぼんやりと外を見ていたカミューを呼ぶ声がした。
 振り返らなくてもわかる、勢いのある声。
「……やぁ」
 マイクロトフだった。
 どこかから走ってきたのか、やけに呼吸が乱れている。
「なんだどこかから走ってきたのか?」
「…庭にいた。カミューが見えたからここまで走ってきた」
 マイクロトフの表情が硬いのが気になったが、だからといってどうするつもりもなく、カミューは感心したように頷いた。
「私が見えたから?何か用事でも?」
「…聞きたいことがある」
「何」
 嫌な予感がした。
 面倒なことになりそうな予感めいたものを感じた。
「…おまえ、あの手合わせの時…本気だったのか?」
「当たり前だよ」
「…本当か!?」
 間髪いれずに頷いたカミューに、マイクロトフは声を荒げる。
 その様子に、カミューは目を細めた。
 ―――これは侮りすぎただろうかと内心で舌打ちをする。
「なんでそう思うの」
「……試合の時のカミューにはまだ余裕があった」
 悔しそうな表情で、マイクロトフは続ける。
「かなわないと思ったんだ。でも、先日の手合わせでは…」
「それはマイクロトフが強くなったからだよ」
 さりげないつもりで方向性を僅かに変える。こう言えば、単純なマイクロトフのことだから騙されてくれるだろうと思ったのだ。
「……違う!」
 マイクロトフが突然その腰に携えていたダンスニーをぬいた。
 ぬいた、と思った瞬間にカミューは手にしていた書類を床に捨てて自分の剣を抜く。
 カミューの剣、ユーライアとマイクロトフのダンスニーが鈍い音をたてた。なんとかその攻撃を防いだカミューが息をついた途端、マイクロトフはきつい眼差しを向けてくる。
「カミューは強い。俺は知っている。あの時のおまえは、手を抜いたんだ」
 散らばった書類がやけに白いように感じた。
 カミューはそれ以上マイクロトフの目を見ていることが出来ずに、剣を静かにしまうと書類を拾いはじめる。
「…この何日か考えたんだ。俺が強くなったのかとも思った。だけど違う。今の動きを見れば誰だってわかる」
 マイクロトフの言葉を聞きながら、カミューは黙々と書類を拾っている。
 何も言い返さなかったのは、予想以上にマイクロトフが鋭かったからだ。
 女遊びも知らない、人と喋るのもあまり得意としていないマイクロトフのことだから、あの程度で大丈夫だと思っていた。
 やはり侮りすぎた。見抜けなかった自分に嫌気がさす。
「…それで、どうする?」
「……もう一度手合わせをしよう」
「また手を抜くかもしれないよ」
「…それでもいい」
「なんで」
 手を抜かれたことに憤りを感じているはずのマイクロトフが、それでもいいなどと言うと思っていなかったカミューは、心底驚いた。
 驚きをそのまま感情に乗せて尋ねれば、マイクロトフはやはりどこか悔しげにこう呟いた。
「それだけ俺が未熟だということだ。本気にさせられない俺がいけないのだ」
(…こいつ、馬鹿だ)
 手合わせをしろと言いよられていた頃からそう思っていたが、やはりそうだったかと思った。
 どうしてそこで「自分が悪い」になるのだ。どうして他人にその憤りが向かないのだ。
 おかしな奴だと思った。
 いや、もう最初からそう思っていたのだ。頑固で融通がきかなくて純粋すぎる。
 どうしてそう一本気に生きていけるのだと、カミューのような性格の者からすればわからないことだらけだ。
「…とにかくおまえが本気になるまで手合わせをしてもらうからな」
「…お手柔らかに、頼むよ」
 なんとも言えない複雑な心境で、カミューはそう頷いた。
 へんな奴に纏わりつかれることになってしまったなとか、纏わりつかれるなら女の方が気分がいいとか、いろいろ考えたが、とにかくこれから暇になることはなさそうだ。
 じゃあな、と言って走っていくマイクロトフの背に向かって、カミューはため息まじりに呟いた。
「……だから嫌だったんだよ…」

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カミューって人に「なんで?」って聞く時、「なんで」ってすげーぶっきらぼうに聞いてきそうだなぁと思ったんですがどうでしょう。妄想ですけども。そういうところに性格の悪さが見え隠れしてるカンジで。?がないだけで印象かわるじゃないですか。そんなカンジ。
ちなみに「試合」の後日談みたいな話ですね。というか続いていますというか(笑)。

原点っぽい。わりとスタンダードだなぁ(笑)。(2002.0302)