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「カミュー!?」 部屋を訪ねると、普段通りの姿に思わずマイクロトフは己の目を疑った。 例の事件から、カミューの耳は一向に快方には向かずにいる。もちろん耳の聞こえない状態で団長としての義務を果たすのにも無理があるから、最近はカミューも団長服には袖を通していなかった。 だが、今目の前にいるカミューはいつものように赤騎士団長の服装に身を包み、ユーライアを手にこちらに微笑みかけてきた。 「出る気か!?」 慌ててマイクロトフは机の上にあるメモとペンを握った。 殴るように書くと、どうやら途中で気がついたようで、カミューは肩を竦める。 「さすがに今回は私も出るべきだと思ったんだけどね?」 「おまえは音が聞こえないんだぞ!?そんな身体でどうする気だ!」 ―――カミューの部屋で珍しいものを見たと話をしていた時だった。突然赤の従騎士が入ってきた。 息せき切って告げられた言葉は、「ロックアックス領内の警備の強化」というものだった。 危険物が領内のそばで見つかったことが原因だろうと思われるその急な決定に、だが従わないつもりはもちろんない。 ゴルドーにしては前向きな意見だとも思うほどだ。 だがそれにしても、妙なタイミングだと思った。 「無理をするつもりはもちろんないよ」 「団長として表に出るのは無理なことではないと言うのか?」 カミューが怪我をしてからこっち、マイクロトフは終始こんな風だと思った。 彼の言動に大声をあげたり怒ったり慌てたり。 声は聞こえなくとも、マイクロトフの非難の色は伝わったらしい。 カミューはあいている手でマイクロトフを制して、 「おまえはわかりやすいな…。見廻りそのものに加わるつもりはないよ。私としても命を捨てるつもりはないからね」 と、なだめるように言った。 もちろんマイクロトフはそれで納得した風でもなかったが、カミューがそれ以上は言わせなかった。 「私は出るよ。まぁ一応、赤騎士団長だしね」 一応、という言葉が気になった。 妙に明るいその表情も、別段何かが変わったわけでもない。 だがその明るさがマイクロトフには不安だった。言葉に表すのは難しいが、嫌な予感がした。 「いこう。時間だろう?」 警備の増強といってもどうせ赤と青の騎士たちの仕事が増えただけだろうと思っていたマイクロトフは、詰め所に白騎士たちが揃っているのに目を瞠った。 「…これは」 白騎士団は、赤や青と違ってエリートたちで連なっている。もちろん腕の立つ者たちばかりだが、彼らは普段、街の警備などには当たらない。それだけにそこに彼らがいることは珍しかった。 いっそ珍しいというよりも変だとすら思えた。 「白騎士団も街の警備にあたるのか。ずいぶんと物々しいね」 そう言うカミューの口調は明るい。妙にウキウキとしているように聞こえて、マイクロトフは眉を顰めた。 「……」 黙り込むマイクロトフの横で、カミューは肩を竦めた。 「ははは。音は聞こえなくても気配は感じるな」 言われて顔を上げれば、ゴルドーが何人かの白騎士を連れてやってくるところだった。 詰め所にゴルドーが顔を見せるのは実に珍しい。特にカミューとマイクロトフが団長になってからは一度たりとも顔を見せていないから、何年かぶり、ということになる。 「ほう、出てきたか」 詰め所の中に入ると、最初にゴルドーはカミューの方に笑った。 その笑みは決して気分のいいものではなく、マイクロトフは思わず舌打ちしそうになる。 「耳の調子はどうだ。聞こえないならばさっさと消えることだ」 握った拳に力が入った。 カミューの耳に届かないのをいいことに随分な物言いだと熱くなりかけた。 「ご心配をおかけします」 だが、マイクロトフが何か言うより早く、まるで聞こえていたかのようにカミューは鮮やかに返答した。 「……」 ゴルドーもさすがに驚いたようだ。実際マイクロトフも驚いていた。 むしろその場にいた全員が驚いていたかもしれない。 穏やかに笑うカミューに、何か気味の悪いものでも見たかのような表情でゴルドーは通りすぎた。 マイクロトフも驚いて声にならないまま、ただカミューを見ていると、視線に気づいたのか肩を竦めた。 「どうした?」 「あ、いや…」 聞かれたところでこの場ではどうするわけにもいかないのだが、思わずマイクロトフは言葉を探して視線をさまよわせた。 ゴルドーからの説明の後、赤と青と、そして白の騎士団がそれぞれ隊を分けてロックアックス城内とそして外への警備にあたるように指示し、マイクロトフは一息ついた。 白騎士たちまでもが外へ出ているというのがいまいち納得できなかったが、それだけ例の事件を気にしているのだろうか。 だがそれならば余計にゴルドーが白騎士たちまで城外への警備にあたらせる理由がわからなかった。 普段が普段なだけに、その違和感は膨らんでいくばかりだ。 カミューはといえば、詰め所で騎士団の帰りを待っているはずである。 (それにしても) 思い返すたびに、もしかしてカミューの耳は聞こえているのではないかと思ってしまう。 彼の動きを見ている限りではそうでもないのだが、受け答えがスムーズで、そのたびに本当に聞こえていないのか、と疑ってしまう。 そしてその度に期待を裏切られて落胆するのだ。 (…いや、何を馬鹿なことを) マイクロトフは頭を振って、空を見上げた。 ロックアックスの空は澄んでいる。広がる青空に大きく深呼吸して、視線を戻す―――と。 白騎士と赤騎士と青騎士。それぞれの騎士団の何人かが見えた。 「…おい…」 声をかけようと口を動かす。が、声はわずかに空気を震わせた程度だった。 (―――なんだ、今のは) 今、騎士団はそれぞれの色で別れて行動している。各々の持ち場を、いくつかの小隊が警備にあたっているはずだ。 それなのに、何故彼らはここにいたのだろう。しかも妙な人数だった。 胸にじわりと嫌な予感が広がった。妙な胸騒ぎがして、彼らが消えた方へ向き直る。 それは、カミューがいるはずの詰め所の方角だった。 「団長!?」 弾かれたように走り出したマイクロトフの背中に、何人かの声がかかる。 だが今はそれに返す余裕はなかった。 「カミュー!」 曲がり角に差し掛かった途端に見えた光景に、マイクロトフは思わず、といった様子で声を上げた。 聞こえないのも承知の上だった。そんなことを考えて冷静でいられるほどの事態ではなく、マイクロトフは走りながらダンスニーを抜いた。 走りこみ、迎え撃つ白騎士を一人斬り伏せる。 「カ…!」 音が聞こえないのだ。踏み込む声もマイクロトフの声も聞こえない。 カミューは背後の気配に気づかないのか。 どう考えても自分が踏み込んで足りる近さではない。歯噛みしかけた瞬間。 「そんなに力一杯叫んでくれなくても結構だよマイクロトフ。恥ずかしくなるじゃないか」 声と共に、金属のぶつかりあう音が辺りに響いた。 耳に余韻が残るような激しい音に、マイクロトフは瞠目する。 「な…ッ!」 防がれたことに対するショックか、青騎士の一人が慌てて剣を下げた。 転がるようにあとずさる彼らを見て、カミューは肩を竦める。 「なんだ、もうやる気なくしたのか?私を殺すように言われているのではないのか?」 そう言いながら、カミューは動けないでいる赤騎士にユーライアの切っ先を向けた。 「特に君はチャンスはいくらでもあっただろう。今もそうだ。攻めてこないのか」 ユーライアが底光りしたように見え、その先を向けられた赤騎士は真っ青になっている。 不意打ちでなら勝てると思っていたのか。そうとしか思えないうろたえぶりだった。 「私とマイクロトフの、どらちかの命でも奪えばいいんじゃないのか?今目の前にいる。 かかってきたらどうだ?」 あまりの余裕に、皆空気に飲まれている中。 マイクロトフはふと眉を顰め、それから猛烈にカミューの方へ走り寄った。 「カミュー!」 「ん?…わぁぁぁ!!」 切っ先を赤騎士に向けて威嚇したまま振り返ると、マイクロトフの渾身の一撃が頭部に決まった。陥没するのではと不安になるような音がして、なんとか剣を握ったままのカミューが思わずうずくまる。 「ひ、ひど…。何す…!」 痛みを堪えながら立ち上がるカミューに、マイクロトフは勢いも激しく怒鳴りつけた。 「おまえ!耳が聞こえないなんて嘘だな!?」 「あ、ばれた?」 あっけらかんとしているカミューが、すっと目を細めた。 いち早くショックから復活した従騎士たちが、剣を構え始めている。 「ま、とりあえず今はこっちに集中しようか!」 「後で覚えてろよカミュー!」 そう叫んで、二人は背中を預ける形でお互い前を見据えた。 やれやれ、といった様子で後ろを振り返れば、マイクロトフは相変わらず釈然としない様子でダンスニーを鞘におさめていた。 「さすが青騎士団長様」 「カミューの方が一人多い」 むすっとしたままマイクロトフがぼそりと呟く。それが仕留めた数であることは考えるまでもなかった。本当は他にも言いたいことがあるだろうが、マイクロトフらしい言葉にカミューは笑いながら背後を指さす。 「いやいや、ほらマイクロトフが最初に斬った人数もあわせれば」 「…殺してないだろうな?」 「当然。詳しくいろいろ聞かないとね」 「俺もいろいろ聞く気だ」 騒ぎを聞きつけて従騎士たちが集まり出している。それに便乗してこの場を去ろうとするカミューの首ねっこを掴んで、マイクロトフは怒りに眉を震わせながらじわりと笑った。 「どうして嘘などついた!」 「敵を騙すにはまず味方からって言うだろ?」 こだまでもしそうなマイクロトフの声に、カミューは苦笑しながらそう答えた。悪いとは微塵も思っていないようである。 ある意味カミューらしかったが、それで怒りがおさまるわけではない。 「どこからどこまでが嘘だ。最初からか!?」 「いや、最初は聞こえなかったんだよ。耳鳴り酷かったしね実際」 ―――何か妙なものが、と部下が報告してきた時点で、ある程度の予測はした。それがなんであるかはさすがに見当がつかなかったが、それでも最悪の予想をして挑んだ。 結果は一日耳鳴りに悩まされた程度で済んだのだが。…自分の身体については。 「まさか一日で耳鳴りが治るとは思わなかったよ。いや人体とは神秘だね」 聞いている方が青ざめるような賭けだ、とマイクロトフはひとりごちたがカミューには聞こえなかったようだ。 「最近、ハイランドの方の良くない噂を聞くだろう?」 「…あぁ」 突然真剣な顔になったカミューに、マイクロトフは神妙にうなずく。 ハイランドの皇子が危険であるということは、実はずいぶん昔から噂になっていた。 それが今まで大した話題にもならなかったのは、皇王のアガレスがそこで塞き止めているからだ。 ―――そう噂を耳にしたのはいつ頃だっただろうか。ほんの少し前かもしれない。 「まぁ、だからね。ハイランドの友好国のハルモニアがこっちに何かしら仕掛けてきても不思議じゃないなと思ったから」 「…だから一芝居打ったのか」 「この騎士団は都市同盟で一番危険だからね」 都市同盟に連なる他の街などにもそれぞれ軍備はある。だが訓練された戦闘要員は都市同盟では自分たちだけである。 かたやハイランドやハルモニアには、大きな軍備もある。音に聞こえる名将たちもいる。 「…しかしわざわざそんなことをしなくても」 「いつ来るかいつ来るかってお互い時期を伺うよりはマシさ。たしかに危険だったかなとも思うけどね」 とんでもないことを考えて実行に移す奴だ、とあらためてマイクロトフはため息をついた。 と、いつもこういう風にため息をついたりするのは自分の役目ではない気がして、僅かに自己嫌悪に陥る。 「どうした?」 あからさまにうなだれるマイクロトフに不思議そうな視線を向けるカミューに、実はタフなのではないかと考える。 「…いや、いつものカミューの気持ちがわかっただけだ」 「この状況でわかるってのもなかなか面白いね」 どこか馬鹿にされた気分になって、マイクロトフはもう一度ため息をついた。 「…心配したんだぞ」 「おかげで嘘だとばれなくてすんで助かった。礼を言うよマイク」 場に似合わぬウィンクに、思わず世界がぐらりとまわった気がしたが、とりあえず平常心を保つと、マイクロトフはふと空を見上げた。 ―――ハイランドのある方角の空、だ。 「近々、ジョウストンの丘で会議があるってね」 「……カミュー」 「ん?」 空を見上げたまま、しばらく黙っていたマイクロトフは、振り返ると同時にカミューの肩を叩いた。 「俺を騙すならもっとわかりやすくやれ」 その言葉に、弾かれたように笑った。これが笑わずにいられようかというほどの笑いっぷりである。 それがマイクロトフの高尚な冗談だと理解は出来るのだが。 「いや、それじゃ…騙す意味ない、し。マイク、それ最高のギャグだね…!」 「なぁ、ゴルドー様は…」 ふと気になったことを口にしてみると、濁した先の言葉をきちんと受けてカミューは答えた。さきほどまで笑っていたとは思えない真剣な表情である。 「さて、あの人はどうかな。知っていたのかもしれないし知らないのかもしれないね。でもどっちでも大して変わらないよ」 「…変わらない、か」 動き出したな、と。 二人は声にしないままにそう思った。 戦うための準備は出来ている。心も身体も。 今まで均衡が保たれていたことの方がおかしかったのだ。都市同盟とハイランドの仲は最悪だったのだから。 「そうそう、マイクロトフ」 「…なんだ?」 「さっきは来てくれて助かった。背中、預けられるのはいいね」 その言葉に、マイクロトフはしばしの間言葉を失った。昔、そんなことを自分も言ったはずだと思い出したのだ。 「カミュー団長!」 赤騎士の一人に呼ばれて、カミューが歩き出す。 なぜだかぐっと拳を握りしめた。それは妙に浮き足立つ自分の心を抑えるためのものだったのかもしれない。 カミューの背中に、マイクロトフははっきりと力強く言い放った。 「今更気づいたのか?俺はもうずっと前から気づいてたぞ」 振り返ったカミューが少し驚いた顔をして笑う。 その唇がなにかの言葉を作った。声は聞こえなかったが、はっきりとわかったその言葉に、マイクロトフは嬉しそうに走っていった。 |
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ごめんなさい…としか…(汗)。たしかに3のあるシーンが書きたくて始めたはずなのですが、気づけば3が一番辛かったです。ゴルドーがッ!!(汗)ゴルドー様ったら難しすぎです。ばっさり削除しましたが…。そして時期的にはジョウイたちが傭兵の砦にいる頃の話なのかな。 展開的には最初からこうするつもりだったわけですが、もっと暗い話だと思ってた方すいません(笑)んでもってうちのカミューさん、妙でごめんなさい…(笑)結局さっぱり甘くない話だと思うんだけどどうですかーごほごほ。 ちなみにカミューがなんて言ったかはあなたの心の中でBYアンジェリ…(爆)。 |