信頼関係 |
ふと視線を街にさまよわせる。 城内から見える夕日はこのロックアックスの中でも最高のものだ。 マイクロトフはここから眺める街が好きだった。石畳の続く道ははじめて見た者には固いイメージしか思わせないようだが、生まれてからこの方この地を離れたことがないマイクロトフにはそれは暖かいもののように思えた。 街には非番らしい見知った顔や、警備中の騎士たちの姿がところどころに見える。 (…あれは) さまよった先に見えたのは、赤騎士の男。 ロックアックスでは珍しい色の髪をしているせいか、酷く目立つ。 ―――カミューだった。 カミューは赤騎士である。周りに言われて知ったが、彼とは同じ日に騎士になったらしい。 そのくせマイクロトフ自身はさっぱりその時のことを覚えていない。 なにせ自分のことで胸がいっぱいだったのだ。憧れの騎士になれたということが、今までの人生の中で最高に嬉しいことだったから。 (相変わらず女性に人気があるな) 視線の先のカミューは、街を一人で歩いている。 手に何か持っているところを見ると、買い物にでも出ていたのかもしれない。 そうやっているとそこかしこから声がかかる。そのたびにカミューは笑顔で会話をしていく。 マイクロトフはそれを見ながら思わずため息をついた。 自分には出来ないことをやすやすとやってのけるのがカミューである。 たとえば女性との会話。不快にさせることなく終始笑顔を忘れることはない。その立ち居振舞いが、マイクロトフには出来ない。 マイクロトフとて騎士である。 騎士という役目柄、女性をエスコートすることがないわけではない。 が、決まってマイクロトフはがちがちに固くなってしまってうまくいかない。 そして毎回、誰か助けてくれと思うとカミューがやってくるのだ。 (…そういえば) ふとマイクロトフはある考えにたどり着いた。 そしてその数を指を折って確認してみる。 まだ騎士になって一年。その一年の間に何度かあったパーティー。そのたびにダンスだのエスコートだのといろいろやらねばならないことがあった。 そのたびに限界が近づくとカミューがやってきて。 (…5回) その数を確認してみて、マイクロトフはしばし沈黙した。 二度なら偶然、三度目は必然という言葉を聞いたことがあった。 あれはなんのための言葉だっただろうか。とにかくその三度を悠に越えた数、マイクロト フはカミューに助けられている。 (…助けられていることに気づかなかったとは…) 思わず呆然と視線を外に戻した。すでにカミューの姿はどこにもない。 店に入ったか城に戻ったのだろう。 礼をしなければ、と唐突に思った。 マイクロトフが5回だと思っているだけで実はもっとたくさん助けられているかもしれない。だというのに一度も礼を言っていない自分に、さすがに焦った。 善は急げとばかりに、マイクロトフは踵を返す。 すでに夕日はすっかり沈み、ロックアックスに夜が訪れていた。 「カミュー」 部屋に戻ったカミューの背に突然声がかけられた。 「…マイクロトフ。おまえね、ドアをノックするってこと知らないの?」 呆れ顔で笑うカミューは、だがマイクロトフを追い出そうとはしなかった。 ソファにはどうやらさきほど買ってきたらしい本が置かれている。 黙したままその本を見つめていると、不意にカミューが何事か呟いた。 「え!?」 「ん?本のタイトルだよ。気になってるみたいだから」 「あ、あぁ…」 それにしても、いざカミューに礼を言おうと思ったものの、どうやって切り出すべきかがわからなくなってマイクロトフは困ったように頭をかいた。 「どうした?」 「い、いやその…」 一年。一年の間に実に5回も助けられている。 そればかりが頭の中でぐるぐるとまわっている。マイクロトフはだんだん自分の顔が赤くなっていっていることに気がついた。 「あ、わかった」 そんなマイクロトフの様子を見て何かに気づいたのか、カミューはそう言うとにこりと笑った。 「好きな人でも出来たんだろう」 「ち、ちちち違う!そうじゃなくてだな」 とんでもないことを言い始めたカミューに慌ててかぶりを振る。 「違うのか、残念」 本当に残念そうにしているカミューに、マイクロトフは意を決したように拳を握った。 とにかく礼を言おう、とマイクロトフは勢いに任せるようにして叫んだ。 「カミュー!」 「そんな大声出さなくても聞こえる…わっどうした!?」 振り返るとマイクロトフが直角に頭をさげていた。 予想もしなかった展開にカミューは目を見開いている。 「今まですまなかった!」 「ち、ちょっと待ってマイク。…なんのこと」 いきなり謝られたのではカミューには何が起こったのかさっぱりわからない。 土下座でもせんばかりのマイクロトフをなんとかやめさせて、それ以上させないように肩をおさえつける。 「あのね、本当になんのことだかわからないんだけど」 そうやってマイクロトフの目を覗き込めば、反射するように視線が返ってきた。 「…今まで俺はカミューに5回も助けられている」 「…は?…そうだっけ」 やけに細かい数字が出たものだと思いながらカミューは自分でも考えてみる。 だがさすがに指折り5本目でやめた。 (…5回?) 「なのに俺は一度も礼を言っていなかったから!」 マイクロトフは何やら必死で叫んでいる。逆にカミューは身体から力が抜けていくのをしっかりと感じた。 だがそれを味わっている余裕はあまりない。 「その…許してくれるか?」 「許す許さないって問題でもないだろう?別に気にすることなんてないよ」 ため息をつきそうになるのを抑えながら、カミューはそう言った。 とはいえマイクロトフは真剣である。 この男が真剣になると質が悪い。 「…じゃあマイクロトフ、許してあげるから一緒に酒でも飲もうか」 何やら今から戦争にでもいくかのような面持ちで、マイクロトフは頷いた。 「本当にすまない」 「違うよマイクロトフ。そういう時は『ありがとう』って言うんだよ。その方が私も嬉しいしね」 「…あ、ありがとう、カミュー」 いろいろな意味を込めた「ありがとう」だったのを、カミューは感じてくれただろうかとグラスに注がれる酒を見つめながら思っていると、 「どういたしまして」 と、彼独特の笑顔で言われた。 その笑顔を見ながら、しみじみとマイクロトフは呟く。 「…カミューの笑顔は安心するな」 「そう?」 驚いているカミューのことを知ってか知らずか、マイクロトフは頷いてさらに続ける。 「背中を預けられる気がする」 これは本心だった。 マイクロトフはそれが言えたことに満足したのか、グラスに注がれた酒を一気に飲み干す。 顔を上げれば、カミューの顔が赤かった。 「どうした?」 「……なんでもないよ」 そうは言いながら、カミューはやはり赤いままだった。 |
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マイクロトフは5回も、と言っていますが実際はもっと多くて、でもまぁ5回分気がついたんなら進歩したのかなと思っているカンジです。カミューさんは(爆)。 こういうところでこの二人はすれ違ってる気がするですよ。そこに愛はあるんでしょうか。まだ友情ってカンジですね。まぁそのうち…。 |