The wind knows how I feel |
グラスランドに帰ろうと思うんだ、とカミューは、実にさりげなく言った。 「…………………………そうか」 かなり不自然な沈黙の後、ようやくそう言うと、カミューはうん、と頷いた。 それからしばらく、いつものように食事をする。その沈黙に、ふとマイクロトフは眉を顰めた。―――おかしい。こんなにこの男との沈黙は痛かっただろうか。 「何か言いたそうだ」 人の表情を読むのが得意なカミューが、肩を竦めてそう笑った。 ずいぶんと爽やかに笑う。なんだか無性に腹が立って、マイクロトフはいっそう眉間に皺を寄せた。 「…まぁ、な」 「聞こうか?」 「まだ建て直しが終わっていない」 そう言い切ってカミューを真正面から睨んだ。対するカミューはいつものようにゆったりとしている。口元は僅かに微笑んでいて、それはいつも通りの彼だった。 デュナン統一戦争からまだ三ヶ月。ガタガタになったマチルダ騎士団を元に戻すべく、いやむしろ前よりもしっかりとしたものにするべく日夜心血を注いでいた。 お互い、戦争が集結する少し前から自分たちのいた騎士団を建て直したいと思っていたのだ。そして無事戦いに勝利し、ハイランドはなくなった。 散り散りになっていく仲間たちの中で、カミューとマイクロトフは揃ってマチルダ騎士団の再建のために立ち上がった…はずである。 (いや、俺が言いたいのは…) 口を真一文字に結んだまま、マイクロトフが黙り込んでいると、カミューがふぅ、と一つため息をついた。 「いや、もうそろそろ私がいなくてもいいだろうと思ってね」 「どこがだ?俺一人にあの書類の山と戦えというのか」 「マイクは戦ってるのが一番いいよ」 ―――たしかに、カミューがいなくなったからといって立ち往生することはないだろう。 それほど彼によりかかっているつもりはない。元々自分も彼も、仕事で他人の手を借りるのが嫌いなタイプだった。だから、彼一人がいないからといって困ることは絶対に有り得ない。 「…背中を預ける奴がいない」 「ははは。大丈夫、マイクの後ろは死屍累々で敵の一人もいないから」 「なんだそれは」 話をまぜっかえすカミューに、マイクロトフはなんだそれはとため息をついた。 そうやって話していくにつれて、何かが胸の内で焦げているようだった。 「適当に生きてる奴らはマイクの俺はやるぞパワーに押されて再起不能ってことさ」 「…俺は別にそんな、真面目な男では…」 ない、と言いかけて、やめた。 釘を刺されたようなものだと思った。 言外に、マイクロトフはここで騎士団長を務めろと言われたのだろう。そう思って顔を上げれば、やはりカミューは笑っていた。 「いいかげんな奴だ」 「そんなの前から知ってたんじゃないの?」 駄目だ、と思った。この男相手に、今まで口で勝てたことはあっただろうか。 いつもこうやってまぜっ返された。特にカミューに関する真面目な話題は全てそうだったような気がする。 今までは、それをこうまで腹ただしいと思うことはなかったが、―――今は。 グラスランドに帰ると聞いた後では無理だった。 グラスランドがどういうところなのかは、騎士団にいる頃からわりあい勉強もしてきた。 同盟軍内にあった古びた本にもその土地について書かれているものがあった。 そういえばあの時は、グラスランドという土地をどう思うよりも、自由騎士という名前に妙な憧れを抱いたものだった。 ―――自由騎士、というのは…いいな。 ―――何が? ―――名前の…その、なんというか。自由、というのは。 ―――でもなんだか騎士とはちぐはぐなものだよね。 ―――それでも俺はいいと思う。 ―――そう?そうかなぁ。 ―――カミューによく似合う気がするぞ。 グラスランドは広い草原なのだという。遠くに見える山脈の、雪が綺麗な土地だという。 雪自体は昔から見たことのあるものなので大した感慨はなかった。 ただ、たとえばそこを自由に馬で駆けるカミュー、というのはまるで一枚の絵のような印象すら持てた。 見たこともなかったが、それは、その地こそがカミューの基礎となった場所だろう。 ぼんやりと頬杖をついたまま、マイクロトフは進まない仕事をほぼ放棄してそんなことばかり考えた。 ただ、その頭の中で描く草原の中、馬で駆けるカミューはどこか寂しい気がして首を傾げる。 理由はわからない。ただ、そう思っただけで、じり、と何かが音を立てた。 「さっきからさっぱり仕事が手につかないようだけど」 声をかけられて、マイクロトフは慌てて顔を上げた。書類を片手に珍しいものでも見たような顔でこちらを見ているカミューの姿があった。 「考えごとをしていた」 「珍しいね」 あっさりとそう言われて、いっそおまえのせいだと恨みがましく睨みつけてやろうかと思う。が、さすがにそれでは捨てられた女ではないかと踏みとどまった。 「俺だって考え事の一つや二つはするぞ」 「仕事中にするのが珍しいってことだよ」 はい、と差し出された書類は、今までカミューが携わっていたものばかりだった。 そうやって手渡してくるということは、彼が発つ日が近いということだ。 受け取った書類を見つめながら、気づけばお互い無言だった。とはいえうまい言葉は出てこない。 こんな時、立場が逆であったらと思うが、思ったところでどうしようもないことだった。 「とりあえず、明日発つよ」 痛いと感じる沈黙を、わざわざカミューがその言葉で断ち切った。 また心のどこかがじりじりと焦げていく。 「そうか。ずいぶん急ぐんだな」 「早くしないとずるずる仕事まわされそうだからね」 たしかにその通りだな、とマイクロトフは納得した。あっさり納得するのが少々悔しいのだが。 「そして俺はおまえの尻拭い、か。最悪だな」 「大丈夫、その書類は全てマイクのためのものだよ」 「……ワケのわからないことを言うな」 「ははは」 そうやって、笑うだけのカミューに、ふとマイクロトフは心が軽くなったような気がした。 もしかしたら、この男も自分と同じ気分かもしれない。 いつも笑ってばかりいるから、彼がどう思っているのかいまいち推し量れないが、それでも。 「…いや、なんだか懐かしいんだけどね。十年ぶりだし」 その感覚が、マイクロトフにはあまりわからなかった。騎士のエンブレムを捨て同盟軍に来た時に、たしかに故郷を捨てたと思ったが、それでも―――そう、 何人も同じ境遇だったから、寂しさとかそういう感傷がなかった。 だから、カミューの気持ちはわからない。十年ぶりに踏むその土地。それに対する彼の覚悟とはどういうものだろう。 「十年、か」 「考えてみればずいぶん長いよね」 言葉にすれば大したことはなくても、思い出す様々なことに、ふと苦笑する。 この十年間の思い出の中には、いつもいつもカミューがいていっそ笑えるほどだった。 「たしかにな…」 なんだかお互いそうやって、その後はさっぱり仕事を放棄して思い出話に浸ったりしたのだ。 馬上のカミューを、マイクロトフは思わず呆れたように見つめた。 騎士服を普段あまり気に入っていたように思えなかった彼が、きっちりとそれを身に纏っていたからだ。 「…その格好でいくのか?」 「まぁ何かあった時動きやすいしね」 「…目立つぞ?」 グラスランドは山賊だのなんだのと何やら物騒な土地らしい。その土地を、マチルダ騎士団の団長服で渡るというのは危険行為のような気がした。 「まぁ今更だから告白するけどね、私はここに出世目的で来たんだよ」 「…聞いている」 「だからこの服のまま帰って出世しましたと証明しないとね?」 あっけらかんと言うカミューに、多少頭痛がした。 どうせだったら、実は気に入っているとかそういうことを言えないのだろうか。どうにも自分の前だとカミューは正直すぎる、と思った。 「おまえの家族というのはそんなに疑り深いのか…」 「まぁ私を基準に考えればいいんじゃないかな?」 「…よくわからんが、疲れそうだ」 何やらわけのわからない会話をしていると思った。心の中では相変わらず何かがじりじりと焦げている。 だが、きっと自分たちのこの会話は周りから見れば親友同士の楽しげなものに聞こえるのだろう。 「その服を着て一人で帰る…か」 思わずそう呟くと、カミューが馬上でくすりと笑った。 そして、まるで戯れのようにその手を差し伸べる。 「なんなら一緒に来るかい?青騎士団長」 ―――その言葉に。 心の中で焦げていた何かが、ぱちん、と音をたててはじけた。 「…馬を」 ほとんど無意識だった。その言葉を聞いた青騎士たちが顔を見合わせる。それでもおずおずと馬がひかれてきた。 その手綱を取ると、勢いよく飛び乗った。 「マイクロトフ様!?」 「行くぞ、赤騎士団長!」 そう叫んで、マイクロトフは自分の名を呼ぶ彼らの声を振り切るように馬の腹を蹴った。 呆然とそれを見ていたカミューが、慌ててそれに続く。 「お、おいちょっと待てマイクロトフ!!」 「なんだ?」 声が聞こえなくなるくらいに離れてから、ようやく馬を止めたマイクロトフにカミューは大声で、何か言おうと口を開く。が、そこから何かは出てこなかった。 「…あのなぁ…」 「おまえが言ったんだぞ」 「いや言ったけど。たしかに手も差し出したけど!」 カミューは困っているようだった。戻れと、本当は言いたいはずだ。それでも口にしないのは。 「おまえ一人じゃ寂しいだろう?その騎士服が泣くぞ」 「…マイク、開き直ってるだろう…」 「俺みたいな男は開き直ると怖いんだ」 きっと、彼が本当に自分を必要としていないのなら、帰れ、戻れと言うはずだ。 だがそれを口にしないのは、きっと彼は―――。 「…最悪だよ」 「俺は気分がいいぞ?」 それから、ゆっくりと馬を歩かせた。少しずつ遠くなるロックアックス。そして少しずつ近づいてくるグラスランド。 「……ああもう!負けだ負けだ!」 頭をかきむしるカミューを横目に見ながら、マイクロトフは笑った。 「安心しろ、ダンスニーと多少の金なら持ってきている」 「馬鹿だなぁ…」 得意げに言った言葉を遮るように、カミューがぼそりと呟いた。 困ったというくせにその顔が、その目が僅かに明るいのは、理由はきかなくてもよかった。 きっと自分も同じ顔をしているだろう。 「おまえがか?」 「おまえもだ!」 そうお互い他愛もない会話を続けていれば、風が吹きぬけた。 ―――その風は、グラスランドから来ている。 |
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いっそ冗談ですと言った方がいいかもしれん…(爆)。電プレに載ってた話ではカミュー一人で行くーみたいなこと言ってたのに外伝2ではマイクロトフ一緒だし、とか。なんでアンタら騎士服ですか、とか。そこらへんの氷室的埋め合わせ。すげぇこじつけだと思いました(笑)。 しかしあの二人はなんとなく、こういうカンジっぽいなーと思ったのです。ていうかいつになったら赤青が書けるのか氷室。ラブがないですよ。なんか一生フレンドリー?もう赤青と銘打つのやめた方がよさげ?ち、ちくしょー友情スペシャル万歳!(爆)。壁紙で読みずらくしててすいません。 |