冬の体温
 ロックアックスに冬がやってきた。
 北に位置するこの地では、寒くなってきたと思えばすぐに雪が降ってくる。
 マイクロトフなどのロックアックス育ちにはいつものことだったが、一人、例外がいた。
「さーむーいー…」
 ベッドから抜け出せずに寒さに震えているのは、カミューだった。
 グラスランド出身の彼は、この寒さに弱い。いくら火をおこしてみても暖まったという感覚がない。あげくに寒くてベッドから抜け出せない。そろそろ起きて準備しないことには授業に遅れるのだが、そもそも授業に出れるかどうか。
「…カミュー!おいカミュー起きろ!」
 扉の向こうからは、盛大にモーニングコールをかけてくれている友人がいる。それがマイクロトフであることは、声ですぐにわかる。そもそもあんなに大声で、扉が壊れそうに叩きまくるのは彼しかいない。
 しかしここでカミューが答えずにいれば、彼は授業が始まっても延々と扉を叩いて起こそうとするのである。それは一度経験済みだった。
「ああもう…ッ」
 歯を食いしばって起き上がり、暖かいベッドから抜け出す。空気が刺すように冷たい。出来ればもう一度ベッドに転がり込みたいところだったが、誘惑をなんとか払いのけ。よろよろと心もとない足取りで扉を開ける。
「おはようマイクロトフ…」
「カミュー、今何時だと思ってるんだ、まだそんな格好で!」
「だって寒いんだよ…」
 グラスランドも冬になれば寒かったが、ここまでではなかった。もともと寒さに弱かったが、ロックアックスの寒さには辟易する。
「冬が寒いのは当たり前だろう。さっさと着替えろ」
 椅子に投げ出された見習い用の騎士服を手渡される。それを持って、カミューはベッドへ向かった。
「おい!着替えるのになぜベッドが必要なんだ!!」
「寒いからこの中で着替える」
「…寒い寒いと思ってるから寒いんだ」
 呆れた様子のマイクロトフに、いっそ呆れたならそのまま授業へ一人で向かってくれと思いながらベッドに潜り込む。まだ暖かい毛布で外気をシャットアウトしながら、もそもそとカミューの着替えが始まった。
 眉を顰めながらもマイクロトフは部屋を出ていく気配はない。
「だってさ、グラスランドはこんなに寒くなかったし…」
「そうなのか?」
「そうだよ。雪が降るのはもっと遅かったし、山の上くらいにしか積もらなかった」
 ロックアックスは北だから寒いと、そう聞いていた気はする。
 たかをくくっていたのも事実である。冬は苦手だったが、ここまで寒いと暴力に近い。嫌いと言ってもいいかもしれない。
「そうか。俺はロックアックスからあまりでないからな…ここ以外の冬はあまり想像がつかない」
「あー、それは俺も同じだし…」
 力のない言葉に、マイクロトフは座っていたソファから立ち上がった。力一杯毛布を剥ぐ。
「ぎゃーッ!!寒いーッ!!」
「カミューおまえ今寝そうになっただろう!?」
「そんなことないってば。寒い、返して」
 ここまで寒がりだといっそ滑稽である。どんなに寒かろうと授業も演習もあるのだ。マイクロトフは剥いだ毛布を抱えたまま窓辺へ移動した。
「おまえが準備を済ませて部屋を出たら返してやる」
「酷い…マイクは俺のこといじめて楽しいか?」
「いじめっておまえなぁ…」
 たしかに寒くないといえば嘘だが、今日は雪も止んで空は晴れている。冬にしては暖かい方だ。
 窓の外から見える風景は白一色だ。一番近くに見える木の枝に積もった雪も少し溶けているようだった。
「マイクにいじめられて寒さに震えながら死ぬんだー。短い一生だったなぁ…」
「そこまで話を飛躍させるな!そもそももう授業は始まっているんだぞ」
 言われてカミューはちらりとマイクロトフを見た。たしかに、授業はすでに始まっている。
「…どうして先に行かないんだ」
「放っておいたらカミューは一日さぼるからな。無理矢理連れてこねばならんのはもう学習済みだ」
 胸を張って誇らしげに言い放つマイクロトフに、カミューは微妙に疲れた表情でため息をついた。
 読まれている。
 さすがに毎日毎日こうでは読まれても当然ではあるが。
「だからっておまえまで遅刻することはないだろう」
 そもそもこうして起こしに来るのは、マイクロトフ一人ではない。仲間の見習い騎士の中でも、世話好きな奴や、仲のいい奴がやってきて、ドアの前で数分は粘っていく。
 それでも最後にはみんな授業を優先するのだ。その中で、マイクロトフだけが最後まで粘ってあまつさえ授業よりも自分を起こすことを優先する。
「前にも言っただろう、俺はカミューと手合わせしたいのだ。そのチャンスは多い方がいいからな」
「あー…そうー…」
 思わず起きかけたカミューの身体が再びベッドに倒れ込む。
「おいカミュー!」
「おまえってさぁ、熱心ていうか馬鹿っていうか…」
 ベッドに身を預けたまま、カミューは苦笑した。
 マイクロトフらしい理由だと思う。そして自分は、意外にもこういう一直線な馬鹿に弱い。
 寒くなってから気づいたことなのだが。
「おい、いいかげんにしろ。行くぞ」
「えー本当に行くのか?」
「えーじゃないだろう。ほら!」
 起き上がろうとしないカミューに向けて、マイクロトフが手を差し伸べる。
 今から行けば叱られるのは確実だったが、このままこうしているわけにもいかないようだ。
 なにせマイクロトフは元気でうるさい。
 それでもここから離れがたいカミューは冗談半分に目を閉じる。
「お姫様に目覚めのキ〜ス〜」
「おまえは騎士だろうがッ」
「そうでした…」
 仕方がない、とマイクロトフの手をとった。
 ―――と。
「うわ、マイクロトフって手あったかいなぁ…!!」
「おまえの手は冷え切っているな」
 無理矢理起き上がる格好になったが、カミューは両手でマイクロトフの手を握りしめた。
 暖かい。自分と同じ手とは思えないほどの暖かい手をしている。
「なんでこんなに違うんだろう。羨ましいな」
「…ああ、カミューの毛布を握り締めていたからだろう」
「それだけでこんなにあったかくなるかなぁ…」
 目からウロコでも落ちたような顔で、カミューはマイクロトフの手を握り締めている。
 離す気配はない。
「…カミュー、おまえこのままで行くつもりか?」
「出来ればそうしたい…」
 なんだかやけに幸せそうな表情のカミューに、マイクロトフは眉を顰める。あいている手でカミューの頭を殴った。
「いた!!」
「いい加減にしろ、行くぞ!」
 扉を開ければ、廊下の冷気が身にしみる。
 マイクロトフは一瞬顔をしかめて、それからカミューを見た。
「やっぱり寒い…」
「…部屋に戻ったらもう二度と手を握らせてやらんぞ」
 次に出るカミューの態度を予想して、先手を打つ。
 普段はマイクロトフがカミューにやられることだ。どうも冬になると、自分の方が力関係が上になる気がする。いつもは何を言ってもまともに取り合ってくれないことが多いのだが。
「ひどい〜やっぱりマイクは俺のこといじめたいんだ〜」
がっくりうなだれるカミューに、短く行こう、と声をかける。渋々ながらも頷いた気配に、マイクロトフは 廊下を走り始めた。
 走りながら、カミューがぼやく。
「俺は絶対、炎系の紋章をつけるよ…寒い」
「ああそうしろそうしろ」
 理由はどうあれカミューに炎の紋章は似合うと思う。右手にその紋章の宿ったカミューを想像して、肩を竦めた。
「それで冬の寒さを凌げるといいな」

 冬はこれからだ。




BACK
寒くなった部屋で指先が凍えた時に出来たネタでした。どうなの?(笑)。や、でもマイクロトフは体温高いんじゃないかと思うんですよ…そんでカミューに冬は重宝される。私の中ではラブ度ちょっとあがったカシラ!とか思ったものの、そうでもないことはとっくに判明。フ。