■SWEET DEVIL■

 元々関西弁は鳥肌がたつほど嫌いだし、得体の知れないホームレスな留学生を仲間に迎え入れる気もなかったし、だから今のこの状態は非常に理不尽で。

 あからさまに不服そうな顔で如月は煎餅をかじっている。
 というのも、龍麻がおいていった目の前にいる人物をこれからこの家で養わなければならないからだ。
 そんな義理もないのに断れなかったのは一重に頼まれたのが龍麻だったからである。自分が四神の玄武で主人である黄龍に弱いことを龍麻はしっかり見抜いていて、計算し尽くしているくせに無邪気な顔で「頼むよ?」と言うのだ。嫌だと言えば、たぶん如月自身も無事では済まない。
 そこで普通に考えれば龍麻は立派な暴君なわけだが、如月にはどうしてもそこまで意識が進まない。
 ただ自分が龍麻に弱いことにため息するのみである。
「…迷惑みたいやなぁワイ」
 今まで黙っていた劉が突然ぽつりと呟いた。
 声にはどこか不機嫌な色が宿っている。それを聞いた如月はさらに不機嫌そうに目を細めた。
「はっきり言えばそうだね」
 龍麻のいない今、無理に笑顔を向けてやる必要もない。如月ははっきりとそう言ってやった。
 普段からにこにこにこにこと無駄に笑顔のこの劉という人物は、中国人のくせに関西弁を使う。どうやったらそんな言葉を留学生が覚えるんだと如月にはどう頭をひねってもわからない。
「ははっあんさんはっきりもの言うんやねぇ。敵多いんと違うか?」
「…何?」
 ぴしっと、如月の中で何かが鳴った。
 とりあえず気を静めるために口元に笑みをのぼらせる。しかしひきつってしまったのも仕方のないことだった。
「そういうんはよくないでーあんさん商売人やろ?せやったらもう少し自分感情抑えた方がええでーさっきからピリピリ伝わってくるわ」
「…君みたいなホームレス留学生に言われる筋合いはないよ」
 言い返した言葉に、劉は今までとはまったく違う笑みを見せた。人を馬鹿にしたような、そんな笑みである。
 いつもにこにこと人当たりよく笑っている劉ばかりを見ていたせいで、このギャップはかなり激しかった。目を白黒させながら、如月も負けじと言い放つが、劉はそこは余裕である。
「あんさんみたいな親から貰ったもんでぬくぬく生活しとる輩にはわからんやろうなぁ〜?」
「わかりたくもないね」
「ワイには目的があるからな。少しの金ももったいないんや」
「君にどんな大層な目的があるか知らないがホームレスの考えることなんてわかりたくもない」
 ひそかに平行線を辿りそうなのだが、はたして二人は気づいているのだろうか。
 少なくとも、如月はそのことにはきづいていない。とにかく今目の前にいて関西弁を使うこの男をこてんぱんに論破してやろうという、かなり低レベルなことしか考えられなくなっているようだった。
「金にケチケチすると心が貧しくなるというからね。僕は余裕を持った生活をしたいから丁度いいよ!」
「ほんまもんの苦労を知らないんは怖いことやなぁ。ちょっとなんかあるとすぐ悲劇のヒロインみたいになってまうんやもんなぁ?どうせあんさんもそうやろ」
「君、居候なんだから少しは遠慮するということを知ったらどうだ!」
「別にワイはこんなとこで世話になる必要ないしなぁ」
 その言葉に、今まで頭痛がするほどイライラしていた如月はついに堪忍袋の緒が切れたようだった。
 今までも十分切れていた気はするが、本人にはもちろんそんな自覚はない。
「だったら出ていきたまえ!!」
 怒鳴り声はたぶん隣近所にも響き渡っただろうが、如月にとっては今はそんな場合ではなかった。
 早くも肩で息をする如月に、劉は鼻で笑うと、人の悪い笑顔でこう言った。

「出てってもええけど、あとで酷い目見るんは如月はんやからな?」

 ようするに、龍麻からいろいろ頼むよと押し付けられた劉は、たとえどんなに嫌いでも憎くても殺意を持ったとしても、丁重に扱わなければならないのだ。
 ―――黄龍に従わなかった場合、どうなるか。
 如月の脳裏に、無残な姿になった骨董品や家屋が思い描かれた。
 たぶん骨董品は一つ残らず原形を留めないことになるだろうし、この古い家は龍麻の攻撃に耐えられるかわかったものではない。
 あの村雨でも紫暮でも醍醐でも力ではかなわず、その突拍子もない思考回路は凡人では追いつくのがやっとで、はっきりいって次のパターンが読めない。読めたとしても止めることはできない。
 それが、緋勇龍麻であり黄龍である。
 どうしてそういう人物が黄龍なのかはわからないが、とにかく劉をこの家から追い出すことによって得られる結果は火を見るより明らかであった。
「……最初からそれがわかっていたんだな!?」
「あたりまえやん。ワイ、あんさんと違っていろいろ考えるさかい」
 けらけら笑う劉の手元には、いつの間にやらひよこが何匹も戯れていた。
 噂には聞いていたがこれが劉の友達だか食事になる予定のひよこである。思わず如月の世界がぐらりと傾いだ。
「ま、一つよろしゅう頼んまっせ、如月はん」
 最悪に性格の悪い、隠すのも得意な悪魔が如月家に住みついたのは肌寒くなって冬間近な季節だった。
 いつか劉にあのひよこのように食われるのではないか、と嫌な予感がした如月の勘は、ある意味当たるのだが、とりあえずそれはこれから先のことである。

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今こういう二人がマイブーム(爆)。すーごい仲悪いんだけど、ある一点で妙に息があう二人とか。まぁまだそういう段階にすらいってない二人ですが、こんなのはどうだろう(笑)。
ところでこれ、実はひっそりM月さん(笑)の4000hit企画リクエストのSSだったりします。どこが格好いい劉ですかというカンジですが(だって同レベル)、「駄目な如月とちょーかっくいー劉」…で…どうか!!(汗)。

ある意味この後に続く話しの原点ですな…。(2002.0301)