Escort Annex




DATE:1838/0807/2003
ARIA:Southeast of Stonehenge

 夕闇が迫る一面の砂地に、もうもうと黒煙が上がる残骸が点在していた。煙の所為で空気がひどく悪い。その中で倒れ伏していた男は低く呻くと仰向けに体勢を変えた。首、肩、指先、膝、つま先。ゆっくりと力を入れてみる。動きに支障のある痛みが無いことを確認してその身を起こした。
 纏う耐Gスーツを引き剥がすようにして脱ぎ捨てる。口に入った砂を吐き捨てようとするが口内が乾ききっていてうまく吐き出せなかった。散らばっていた残骸から運良くサバイバルキットを見つけ出した。水を取り出して少しだけ口に含む。それだけで生き返ったような心地がした。
 轟音がした。空を仰ぐ。腹を黄色く染めた五機が編隊を成して悠々と飛んでゆく。その先には男が守りきれなかった、人類が運命に対抗する為の巨大な建造物がそびえ立っていた。男の緑の眸に焔のような怒りの光が宿る。ギリッと唇を噛み、地面を殴りつけた。
「──くそッ!」
 気持ちが落ち着くまで暫くその体勢で居た。大きく息をして、立ち上がる。男は歩き出した。


DATE:1623/0310/2005
ARIA:Griswall International Airport of Aurelia

「永瀬さん、保留5番に外線が入ってます」
 ブリーフィングまでの僅かな時間をコーヒーでも飲んで過ごすかと、休憩室へ行くところを呼びかけられて永瀬ケイは振り向いた。男性職員が受話器を掲げて見せる。その向こうにある全面ガラス貼りの壁の外には、数機のジェット機が三月の淡い午後の太陽に照らされていた。
 二時間後にはあの中の一機に乗ってチョピンブルグへ飛ぶ。ユージア中が戦火の下にあるが、移動手段としての航空機はあの大陸でも未だに多少の需要があった。今回のフライトは国連から派遣されている難民援助団体のお出迎えだ。大陸中に降り注いだ隕石と復興もしきれない内に始まった戦争の為に、ユージアの各国は難民の対応に苦慮している。それはエルジアも同じだった。大陸のほぼ全土がエルジアの──というよりはストーンヘンジの──勢力下に置かれている現在、援助団体はエルジアに選別され行動範囲と滞在の期間に制限を受けてはいるが、辺境地域への援助行為と物資の投入を細々と続けている。
 永瀬は首を傾げた。数年前にユージア中で起きたクーデター事件の所為で天涯孤独の身となっていたし、この会社に入る前に居たところから連絡が来ることは有り得なかった。来たとしても一般回線ではない筈だ。それに唯一電話をしてきそうな人間は一年半程前から連絡不能な状態になっている。
 そこまで考えて永瀬は微かに苦い顔をした。傍目から見れば全くわからない程度ではあったが。
「本当に私宛?誰から?」
「従兄弟のトムさんだと仰ってますが」
 その言葉に永瀬はますます不信感を持った。しかし黙って手近の受話器を取る。何者かは知らないが自分を名指しで電話を掛けて来ているなら、その目的は知っておかねばなるまい。保留を解除した。ボタンを押す自分の制服の袖口を飾る金色の三本線の袖章をなんとは無しに眺めた。
「もしもし?」
 受話器の向こうで相手が発した声を聞いた永瀬は暫しの間呆然とした。


DATE:1518/0314/2005
ARIA:Northwest of Scofields Plat

 きれぎれに流れる雲と空の間に戦闘空域があった。マックスパワーで急上昇しようとするMig-29に追いすがり機銃を放つ。弾は右のエンジンから翼端にかけてヒットし、機体は小さな橙色の炎と大量の黒煙を上げ始めた。がくんと出力が下がるのが見ていて判った。大きく旋回。レーダとキャノピーの向こうに忙しなく視線を送り、現在の標的と次の標的を確認する。
 黒煙を上げていた敵機がゆっくりとバランスを崩した。最初は小さくしか見えなかった炎が大きな面積を占めてきている。スピンしつつ機体は落下をし始める。キャノピーが吹き飛んだ次の瞬間、そのMig-29は大きな火球となった。あれではパイロットは脱出できなかっただろう。
「スプラッシュ」
 撃墜をコールするとスカイアイが応じた。
<<メビウス1、撃墜を確認。北西にいるチームレクリアと共に突入部隊の援護にまわれ。>>
「やれやれ。でかい工場都市だな。まだ火力があるのか」
 半分苦笑したような声が出た。戦況としては良い方だ。作戦開始から十三分経過、火力の四分の三は潰している。あと一息だ。ここからが一番重要でもある。残弾数と燃料をチェック。補給の必要はまだ無かった。
<<大陸の中では一番の兵器産業都市だからな。押してるからって油断するなよ>>
「了解」
 翼を翻して指示された方角へと機首を向ける。想定していた次の標的を変更し、進行方向へ向かってきた敵機へと一気に迫ってこれも叩き落した。
 スカイアイは額に落ちてきた砂色の髪をかき上げながら、光点がまた一つ減ったコンソール画面を眺めた。周囲では九人の管制官が自分の担当する攻撃隊に向かって忙しなく指示を与えている。機材を積み込み二十人弱の搭乗員を乗せたAWACSの機内は、そこそこの広さがあるにも係わらずひどく狭苦しい感覚だ。戦闘機の後方に乗っていた時よりも遥かに広いのに、この感覚に未だに慣れないスカイアイだった。
 スコフィールドプラットは、昔から多数の開発企業が軒を連ねる一大軍事産業地域だ。ユージア中の殆どの兵器がここで開発されていた。また現在ではエルジアの前線部隊への重要な兵器補給拠点でもある。ISAFは二週間前に『タンゴ線』を突破した勢いのままこの土地を奪還する作戦に打って出ていた。ここさえ押さえてしまえばエルジアの前線部隊は西へと大きく退かざるを得ない。
 レクリア小隊と合流したメビウス1を示す光点が、地上のターゲットを順調に消し始めた。
 火器を上空から制圧し地上部隊が突入してしまえばこちらのものだ。ここを抑えればあのロスカナスも目前だった。なんとしても勝って自分達の故郷をエルジアから解放する。それが今のISAFを構成する全将兵達の望みだった。一時は東の果てまで撤退しこのままエルジアに呑み込まれてしまうかに思われたが、ニューフィールド島での迎撃作戦から半年かけてやっとここまで巻き返して来た。たった半年だが状況は随分と変わってきている。
<<こちら司令部。聞こえるかスカイアイ>>
 突然ヘッドホンから聞こえてきた声が自分を呼ぶのにスカイアイは驚いた。通常、司令部が作戦中に一管制官へ個別に呼びかけることはない。聞こえてきた声は司令部に所属する同郷の友人、クインシー大尉のものだった。いつも冷静に落着き払っているクインシーの声が、今日は何故か上擦っていた。
「こちらスカイアイ。聞こえている。何事だ大尉」
<<メビウス1を一旦帰還させろ。三分だ。三分で基地まで戻るように指示を出せ>>
「なんだと。あと少しなんだぞ。残弾も燃料も足りている筈だ。どうして」
 言いかけたスカイアイに被せるようにクインシーは言った。
<<ジョーカーだ。我々は切り札を手に入れるぞ>>


DATE:1508/0314/2005
ARIA:Air Ixion Flt.701 in Chopinburg Airport

 そろそろ離陸予定時間だ。機器のチェックを怠らない臨席の副操縦士、永瀬を横目でちらりと見遣り、エアイクシオン701便機長ウィリアム・オーウェンはゆっくりと息を吐いた。
 空を飛び始めて二十数年になる。いつでもフライトには緊張感を持って臨んでいるが、今日の緊張はこれまでのものとは全く質が違っている。701便と702便の二機に乗客として紛れ込んでいるパンドラの所為だ。彼らがユージアにとっての希望となるのか、それともこの二機の乗客にとっての絶望となるのか。パンドラはストーンヘンジの開発技術者とその家族達だった。
 彼らを帰還する援助団体の中に潜ませ脱出させたいと、四日前に永瀬と702便の機長ブライアン・カーライルから相談を受けたとき、当たり前だがオーウェンは逡巡した。
 オーウェンはこの戦争が開戦した当初、ストーンヘンジ接収の際のエルジアの進軍により妻と娘を喪っていた。穏やかだった日常を、隕石迎撃砲として創られた筈のあの砲身はいとも容易く捻り潰して見せた。心の中に出来た大きな穴は未だに埋められることはない。ストーンヘンジを兵器として用いてエルジアが行なった侵攻のニュースの数々を見るたびに、心の内に鬱積が満ちてゆく。
 あの巨大砲を奪還するか破壊しなくては戦況が動かないことは、オーウェンにさえも理解できる事柄だった。家族を失う目にあわされた一人の男として、彼はエルジアという国をひどく憎んでいた。
 しかしそれは一個人としての感情であり、多数の乗客を搭乗させる旅客機の機長としてこの件を見た場合、たった数名の為に無関係の大多数を危険に晒せるのかと自分の心に問いかければ、応と言えない自分が居た。技術者達が自由な意思で人生を送れないことは確かに悲劇だろうが、それを言うなら"1994XF04 ユリシーズ"が隕石雨となってこの大陸に降り注いだ時にも、この戦争が始まってからも、自分を含めた多くの人々が厄災に踏み躙られ、その人生を狂わされている。誰もそんなことは望んでいなかったにも係わらずだ。この上、この大陸にあくまでも好意で手を差し延べてくれる人々をも巻き込むつもりなのか。
 オーウェンのその言葉に対して、いつもは言葉少ない永瀬が珍しく一気に反論した。
 ストーンヘンジが元の目的とは違う方向で運用されている現在、その存在を開発した彼ら技術者達は焦燥と良心の呵責に苛まれている。そしてストーンヘンジの存在自体を何とかしなければ、この先も多くの人々が命を落とし、その自由を奪われる。防ぎようがない天災とは違い、ストーンヘンジの存在は既に人災だ。状況を打破できる可能性があるならば、それをするべきだ。可能性の存在を知っていて何もしなければ、後悔だけが残ることになる。
 永瀬の眸は強い意志を秘めた光を放っていた。信念と覚悟の眸だった。勝算はあるのかと聞けば、離陸後ISAFに護衛を依頼する手筈を整えていると答えが返ってきた
 彼女の言葉に乗るのは感傷に過ぎないかもしれない。そう思ったが、これ以上自分のような人間を増やしたくないとも思った。だから彼らの計画に乗ったのだ。
「機長、システムオールグリーンです」
 永瀬が報告してくる。オーウェンは頷いた。離陸を申請。管制塔から許可が下りる。機体を滑走路にタキシングさせタービンの回転を上げ始めたその時、目前の滑走路上に五台の装甲車が侵入してきたのが見えた。武装しているのが遠目からでも判る。
<<エアイクシオン701及び702便。こちらはエルジア陸軍第一八師団第一三六戦闘小隊。カガリエ中尉だ。直ちに離陸を中止し乗客乗員とも外に出ろ。乗客を改める>>
 管制との回線に割り込む形で無線が入ってきた。オーウェンは永瀬を見た。永瀬もオーウェンを見遣った。
「離陸前にばれてしまいましたね」
「そうだな」
<<どうします>>
 無線がカーライルの声を運んでくる。その言葉にオーウェンは笑った。
「君達が聞くのかね」
 永瀬も微かに微笑んだ。
「もしも捕まってしまったら、私に脅されたと言ってください」
「彼らがそういう言い訳を聞くような風には思えないがね。離陸後すぐにISAFに対して緊急援助要請を発信する。準備を」
「了解」
 エンジンの回転数がマックスに達した。回線を開く。管制を呼び出した。
「エアイクシオン701便よりグランドタワー。701便、702便はこれより離陸する」
 701便は行く手を阻むように滑走路上に居並ぶ装甲車の群れに向かって疾走を始めた。


DATE:1525/0314/2005
ARIA:Briefing room in the base of ISAF

 薄暗い部屋の前方中央に設置された巨大なモニタにブルーに発光するマップが表示された。地図はロスカナス北西を指している。がらんと広いブリーフィングルーム中央にメビウス1はただ一人で座っていた。
 通常作戦には少なくとも二チームがあたる。ノースポイントへ撤退する途中で隊の仲間を失ってからというもの、僚機と組むことを一切拒否してただ一人で飛んできたが、戦力の弱い部分を補う遊撃隊として機能してきたということもあって、このように一人だけでのブリーフィング参加は初めてだった。
 部屋にクインシーが入ってきた。きびきびとした動作でモニタ横に立った彼は早速口を開いた。
「1510時チョピンブルグ発エアイクシオン701及び702便には、オーシア大陸等から参集したユージアの辺境国への援助団体が帰還の為に搭乗している。その中にストーンヘンジの開発技術者とその家族達を紛れ込ませて脱出させると本日未明にISAF本部へ入電があった」
 メビウス1はいささか驚いて、モニタからクインシーへと視線を転じた。それが本当ならストーンヘンジへの攻撃の道が開けることになる。
「確かな情報なのか」
「その確認に手間取っていた。連絡が入ってきた回線は極秘のもので一般将兵は知らないものだが、ロスカナスを放棄してからは使われていなかったからな。しかも暗号コードも旧式のものに独自に手を加えてあった」
「エルジアに嵌められてるんじゃないのか」
「エルジアが陽動に使うなら現在の暗号コードを使うだろう。わざわざ旧式のコードを改変して使う必要がどこにある?しかもそのコードは旧式も旧式、UTO時代のものだったんだ」
「UTO?また微妙なところから来たな」
 UTOはISAFの前身組織だ。二○○二年十二月にエルジアが凍結していた軍備の拡大を再開させたことに危機感を募らせた大陸諸国間経済同盟が、その一部であるUTOをより強固な組織としてISAFへと編成しなおしたのだった。元々UTOに派兵されていた軍人は大半がそのままISAFへと引き継がれているが、その際に連絡手段やコードは刷新されている。工作員にせよ一般の将兵にせよ旧UTO時代のものを使ったのは奇異と言えた。
「誰が寄越したかも見当がつかないのか?」
「今のところは皆目判らん。もしも本当に味方だとしたら、そいつはUTOの頃しか知らないということなんだろうが、この戦争で生死不明になっている人間はごまんといてな。絞り込みようが無い」
「だから動けなかったということか」
「そうだ。情報自体は魅力的だが、それが信頼に足るソースなのか我々には判断がつかなかった。しかし先程エアイクシオンの二機から緊急援助要請が入った。ロスカナスの北西でエルジアの戦闘機に追われているそうだ。そのうち一機はトラブルでかなり高度が下がっている。確認したところ確かに技術者は乗っているらしい。ストーンヘンジの開発情報提供の見返りとしてISAF参加国のいずれかへの亡命を望んでいるそうだ。君の任務は損失ゼロで彼らを空域から脱出させることだ」
 その言葉にメビウス1の眸が強い光を帯びた。
「護衛だな?敵数は。俺の他にあと何機出る」
「敵機の数は現在のところ702便を追尾中の二機を確認している。だがこちらから護衛に出るのは当初は君一人だ、メビウス。スコフィールドプラットが陥落次第、他の飛行隊を換装して援護にまわす」
 メビウス1は一瞬目を見張り、それから苦笑した。
「ISAFは無茶な作戦がお家芸になってきたな」
 クインシーは肩をすくめて見せる。ニヤリと笑うと言った。
「仕方あるまい?何をするにも人手が足りん。だがチャンスを逃せば奴らに呑み込まれるしかない。そんなことだけは真っ平ごめんだからな」
「確かにな。情報を寄越した人間のことは調査を続けるんだろう?」
「もちろんだ。そいつがどういう経緯でこんな情報を知ったのかも知りたいしな。ストーンヘンジ技術者に聞けば何らかの情報が出るかもしれん」
 立ち上がりブリーフィングルームから駆け出して行こうとするメビウス1の背にクインシーは呼びかけた。
「スコフィールドにいるAWACSからは、スカイアイを旅客機と君の管制に当たらせる。何としてもこの作戦を成功させろ」
 はいよ、とでも言うように後ろ手だけを振ってメビウス1が消えたドアに向かって、クインシーは小さく呟いた。
「頼んだぞ」


DATE:1531/0314/2005
ARIA:North of Chopinburg

 丘陵地帯を這う様に701便は飛んでいた。左側の風防は細かい皹に覆いつくされていて視界は悪い。
 離陸時に突破した装甲車の群れのうちの一台が放った弾丸の所為だ。それは風防を衝き抜けオーウェンの右腕も掠めた。機内の与圧が抜け、701便はこれ以上高度を上げることが出来ないでいた。
 薄い雲がかなりの速さで流れていく。風が強かった。これまでになく操縦棹が重い。ともすれば機体のバランスを失いそうになるのを両腕の力で必死に支える。高度も5000フィートを越えればコクピット内の気温はかなり下がっていたのだが、それすらも感じなかった。隣の席からオーウェンが低く唸る声が聞こえた。
「大丈夫ですか、機長」
 言いながら愚問だと自分でも思った。視線だけををオーウェンに向ける。紺地のジャケットの右上腕部がすっぱりと裂けた上からネクタイを止血帯がわりに巻き付けていたが、それでも制服の色は少しずつ黒く変色する面積を広げ続けている。暫くしたら止血帯を結び直さなくては。客室乗務員を呼んで機長を後方へ移動させるように頼んで。頭の片隅で考えていると、オーウェンが頭だけを少し動かして永瀬の方を見た。
「……大丈夫、とは言いがたいな。だがここまで来たのなら、やり通すしかあるまい。高度は」
 く、と息を詰めながら酸素マスク越し途切れ途切れの声がくぐもりながら答える。顔色は青白く額には脂汗が浮かんでいた。浮かぶ後悔を意思で包みこんで永瀬は冷静に答える。声が震えないようにするのに苦労した。
「当機は6000フィート、702便は23000フィートの高度で飛んでいます。」
「では702便は、無傷で離陸できたんだな。要請に対して、ISAFからの返答はあったか」
「ええ。護衛機を寄越すと連絡が三分程前に。ただエルジアが戦闘機を二機上げて来ています」
「そうか。彼らが間に合うのを祈りつつ、こちらも最善を尽くそう」
<<こちら702便。エルジア機が追いついて来た。ISAFはまだなのか!?>>
 カーライルの焦った声が流れてくるのに応えるように無線が鳴った。
<<エアイクシオン、こちらスカイアイ。状況を説明してください>>
<<こちら702便、エルジア軍機が高度23000で接近中!急いでくれ!>>
 メビウス1はキャノピーの向こうに目を凝らした。爪の先ほどにしか見えない702便とおぼしき飛行体の周りで小さく紅い火の花が咲いた。スロットルを全開にして702便へと向かう。無線からはエアイクシオンからスカイアイへの状況報告が流れ続けている。女性の声が言った。
<<こちら701便。離陸時に機長が銃撃により負傷。副操縦士の永瀬が操縦しています>>
 声は微かに震えてはいるが、芯の通ったしっかりとした声だった。この状況で落ち着いているとは大したものだ。
<<了解。護衛機が行きます。両機とも進路を維持してください>>
 この管制官が「Ten four」などと受け答えるのを初めて聞いた。声も言葉遣いも自分たちに対する管制よりずっとやわらかい。スカイアイに個別の回線を開いて呼びかける。
「俺たちにもそういう感じで管制してくれるといいのになあ」
 そう言うといつもどおりの声が返って来た。
<<無駄口叩いてんな。とっとと行け。方位360、高度23000、二機だ>>
「もう向かってる。敵機視認」
<<これ以上奴らに撃たせるなよ。メビウス1、兵装使用を許可。ただし外してもエアイクシオンに影響の出ない範囲を考慮して使え>>
「難しいことを結構さらっと言うよな、あんた」
<<出来ると思ってるから言ってるんだ。ってことにしとけ>>
「はいはい。ご期待に添えるべくやってみるさ。メビウス1、エンゲージ」
 速度を更に上げる。追尾する二機の隊形を断ち切るように機銃を撃って、メビウス1は702便と敵機との間に踊りこんだ。


DATE:1346/0316/2005
ARIA:In the base of ISAF

 窓の外には晴天が広がっている。まだ冷たい風が深い緑を揺らしているが室内は暖かだった。窓辺のベッドに眠るオーウェンの傍らに永瀬は立っていた。
 出血がひどかったもののオーウェンの命に別状は無かった。銃創だった為に高熱が続いていたがそれも昨日の晩に下がり、永瀬もカーライルも胸を撫で下ろした。軍医の診断では乗客にも特に怪我をした者は無く、それにも改めて安堵した永瀬たちだった。
 ISAFはストーンヘンジ開発技術者ヤン・トミック博士他八名とその家族を保護した。今日からはストーンヘンジに関する開発技術のヒアリングが始まっている筈だ。援助団体は明日にはオーシア大陸へ向けて飛び立つ予定になっている。 
 これをきっかけに戦局は大きく変わっていくだろう。永瀬はオーウェンに向けて深々と頭を下げた。そしてそっと背を向けて部屋を出た。
 音をさせないようにドアを閉じ、病院の入口に向かって歩き出す。いつの間にか背後にいた気配にも素知らぬ振りで病院から出た。ゆっくりとした歩調で歩いていく。病院を取り囲むように植えられている針葉樹の林まで延々と歩いても一向に振り向かない永瀬に、背後の気配が困ったような空気を纏うのを感じた。口元だけでそっと笑ったがすぐにその表情を消す。立ち止まり息を大きく吸うと、いきなり振り返って怒鳴った。
「あんたねえ!生きてるんだったらもっと早く連絡しなさいよ!」
 怒鳴るついでに拳も繰り出した。昔は片手で難なく受け止められていた拳は、ここまで黙ってついて来た男の頬にきれいにヒットした。どうやら彼は甘んじて拳を受けたようだった。昔よりももっと日に焼け、目尻の皺が深くなっている。それでもいつでも笑っているような緑の眸はそのままだった。その眸が少し困ったように瞬いた。
「……すまん」
「どれだけ心配したと思ってんのよ!一年半も経っていきなり連絡してきたと思ったら、危ないヤマを依頼してくるし」
「ごめん」
「あんたの考えは解ったから機長たちを説得もしたけどね。乗客の命を預かってるって考えるとあたしだってものすっごいジレンマだったんだから!」
「ケイ」
「ああもう!もう一発殴らせろ!」
「ん」
 神妙に目を閉じ来たるべき衝撃を眉根を寄せて待つ男を永瀬は見つめた。拳を握り締め、どんと男の胸を突く。力は入らなかった。男が窺うようにそろりと片目だけを開けた。
「ケイ?」
 その顔が可笑しくて永瀬は思わず笑った。拳を握っていた手を開き、そのまま腕をのばして男を抱き寄せる。頭一つ分身長差があるので、彼は自然と前に屈むような体勢になった。予想外の永瀬の動きに狼狽したのが判る。慌てて体を退こうとする彼に囁いた。
「おかえり、ジョン・ハーバード」
 それを聞いた彼は体から力を抜き、ゆっくりと永瀬の肩に額を落として嬉しそうに笑った。
「ただいま」

「ジョン・ハーバード?」
 聞き覚えのある名前にメビウス1は首を傾げた。どこでその名を知ったのだったか。スカイアイも覚えがあるようでやはり怪訝な顔をしている。
 遅い時間帯だったがそれでも昼食時のカフェテリアはざわついていた。スコフィールドプラット陥落と同時にストーンヘンジの技術者達を保護できたことで活気づいている。丁度同じシフトだったメビウス1とスカイアイは一緒に昼食を摂っていた。そこにクインシーが合流したのだった。
 技術者達から聞き取りを行っているクインシーに、メビウス1が誰がISAFに情報提供をしたのか判ったのかと問いかけると、返って来たのはその名前だった。
「UTO指揮下にあったSTN警備飛行隊の隊員だ。建造される段階からストーンヘンジの警備にあたっていたが、エルジアがストーンヘンジを接収しようと侵攻してきた際に撃墜されたそうだ」
「思い出した」
 スカイアイが言った。
「ストーンヘンジが建造された時、何かの雑誌に彼のインタビュー記事が載ってたな」
 ああそうかとメビウス1も納得する。クインシーに向き直った。
「捕虜になってたのか」
「いいや」
 クインシーはコーヒーを一口啜った。
「撃墜はされたものの、敵の制圧下をかいくぐって地下に潜り、技術者達の救助を画策していたんだと」
 ほ、とスカイアイが妙な声を出した。感嘆したらしい。
「すごいな」
「ああ。元はクーデター軍を制圧したこともある傭兵だからな。ただ彼が何とかストーンヘンジのエリアから脱出できた時には、UTOはISAFへと体制が変わっていた上に撤退を繰り返していた。半年前に我々が反撃に転じるまではどういう手段を使うべきか考えあぐねていたらしい。『タンゴ線』を突破したことでエルジア側に揺らぎが出てきたので決断したと言っていた」
 ああ、とメビウス1は腑に落ちた顔をした。
「だからUTOのコードで連絡してきたわけか」
「そうだ。彼が知っているのはそのコードしか無かったからな。旧コードでは解読される危険性があるのは承知していたが、それしか連絡手段が無かったから改変して使ったそうだ。昔の回線が活きていたのが幸いだったわけさ。まあ我々にはギリギリまで信用されない上にエルジアにはもろにばれて、エアイクシオンは危険な目に遭うことになってしまったんだが」
 スカイアイはひょいと肩をすくめて見せた。
「結果よければ全て良しさ。それにしてもエアイクシオンはよく技術者達を乗せたな。ヤバい橋だってのは知っていたんだろう?」
「701便の副操縦士が居たろう」
「ああ、あの永瀬とかいう気丈な彼女か。彼女も肝が据わってたよな。『民間人が乗っている。攻撃をやめなさい!』だって。聞いてて俺はシビレたね」
「彼女も元は傭兵だ」
 そうクインシーが返すとメビウス1は、ヒュウと口笛を吹いた。
「ハーバードと組んでいた。民間会社に入る際に軍の方で彼女の経歴は消したようだがな。腕は二人してエースクラスだ」
「へえ。今回の作戦はターニングポイントになるのかもしれないな」
「になるのかもしれないんじゃなくて、ターニングポイントにするんだ。技術者からの聞き取りも開始してる。条件が整ったら今度こそ絶対落とすぞ。二人とも準備しておけよ」
 それだけ言うとクインシーは「じゃあな」と席を立った。背筋を真っ直ぐに伸ばして歩いていくその後姿を見送りながら、スカイアイがぼそりと呟く。
「あいつも気合入ってんな」
 メビウス1は笑い出した。
「上層部が程よく強気なのはいいんじゃないか。俺たちだってやるべきことをやるだけさ」
 その言葉にスカイアイも笑顔を見せる。
「そろそろ行くか?」
「ああ。行こう」
 席を立ち、二人もまた、それぞれの仕事へと戻って行った。
 
 
 
 その二週間後。二○○五年四月二日。遂にISAFは、彼らを長く苦しめてきた巨大兵器ストーンヘンジを制圧することとなる。