序章:隠れ鬼


 ねえやとかくれんぼをしていたんだ。

「まーだだよ」


 僕の家は大きい。
 そして広い。
 あの日僕はねえやとかくれんぼをして遊んでいた。
 僕はまだ、みっつだった。
 ねえやが鬼で、僕は広い家を隠れ場所を見つけて走り回った。
 広い家。隠れる場所などどこにでもある。

 みっつの子供には果てしなくさえ思える長い長い廊下。両脇の白いふすまはぴっちりと閉じられている。ふすまの意匠はどこも同じ………ふと、自分の居場所を見失うほどに。
 壁に挟まれた廊下でもない。ぴっちりと閉じられてえんえんと同じ意匠のふすまのどれかを、ぱっと開けばきっと………
 こんな迷路にいるような気分は霧散してしまうに違いないのに。

「ぼっちゃん……音哉ぼっちゃん」

 ねえやが探している。声が近い。

 はやく、かくれなきゃ。

 僕はさっと、脇のふすまを開いた。左手のふすまは庭に面した部屋に続いている……ような気がしたので、右手のふすまを開けた。そして身を滑り込ませるとさっとふすまを戻す。

「まーだだよ」

 入った部屋は、ただ畳が6枚ほど敷かれている他は何もない。がらんとしている。
 使用人の部屋にでも紛れ込んだか。だがそれにしては何もない。何も。
 左右は白い壁。前方にふすま。

 ここだとすぐにみつかる。

 僕は迷わず前方のふすまに手をかけた。

 一瞬。

 なにかがひらりと目の端を過ったような気がした。







 その間の記憶はない。









 気がつくと、閉じられたふすまの前に立っていた。僕はそれが当たり前のように、目の前のふすまをさらりと開けた。
 額をつきあわせるようにして座っていた両親が、同時に顔をあげるのが見えた。



「音哉………」



 両親はぽかんとした顔で僕を見ると、同時に口を開いて僕の名を呼んだ。






 僕は2年間も家を空けていたらしい。
 みっつの子供がひとりで失踪できるはずもなく、両親は神隠しにあったのだと嘆いたそうだ。
 2年間帰らなかった僕の葬式の準備を、ようやく始めようかと相談を始めたそのとき、両親の部屋のふすまが開いた。
 そこに、2年前からひとつも変わらない僕がぼんやりと立っていたそうなのである。



 ふすまの前に立っている間に、僕は5才になっていたようだ。だが身体の方は2年間を過ごさなかったかのようにみっつのままだった。そのとき、両親が僕の帰宅を喜んだ記憶は、今もある。
 ねえやは暇を出されていた。
 あとになってわかったのだが、確かに僕の家は大きくて広い。けれどもあんな風にえんえんと廊下とふすまのつづく場所は、実はないのだ。




 一体、どこからあんな場所に入っていったのだろうか。


隠れ鬼・了