五:トキの声

 今日もうらうらといい日和だなあ。
 おれは台座の上に寝そべって、隣の台座のハヤを見た。ハヤも大あくびをしている。
「おいハヤ。」
 おれが声をかけると、ハヤは耳を動かしてこちらを見た。
「なに? ヨウ」
 おれたちは双子のお狐だ。白い毛並みにふさふさの尻尾で、お揃いの色違いの前掛けに、細いしめ縄を首にまき、大きな鈴を下げている。おれは赤い前掛けに赤と白のしめ縄紐、ハヤのは青い前掛けに、青と白いやつ。
 二人揃って並んでいるとかあいいなんて言われたりもするんだぜ。
「腹、減らねえか」
「……言うなよぉ」
 ハヤが辛そうに答えた。
 この間もこんな日和で、あまりの気持ちよさにおれとハヤは台座の上に腹を出して寝そべっていた。台座から尻尾と足がはみだすくらいスキだらけで。
 お日さまはぽかぽか暖かいし、風はふんわりいい匂いで気持ちいいし、石の台座の上もいい案配だしで、すっかり眠ってしまっていたんだ。
 どのくらいそうしていただろうか。
 突然おれとハヤは石畳の上に落とされた。
 石になってたおれたちは思わず身体のどこかが欠けたんじゃないかって、そこいら中を探したほどだ。
 こんな乱暴をするのはあいつしかいない。
 お社さまの巫女で、朱雀という女だ。
 よりにもよって、石像になってるときに竹帚で叩き落とすこともないだろう。
「あうんの狐がその仕事をしないというなら、この台座の上にのせるのは漬け物石でも構わないな」
 真っ白い顔のきっつい目がそう睨んだ。
 それから1日3回いただいていた油揚げが、1日1回に減らされてしまったんだ。
 切なすぎる。
「美人のくせに気が荒くて、あれじゃあ嫁のもらいてもないよな」
 おれが言うと、ハヤがおかしそうに口を開けて笑った。
「朱雀が嫁にいったら、誰がお社様のお世話をするんだよお」
「そんなことより腹が減った」
「うん。ヨウ、今何食べたい?」
「……そうだなあー……」
 おれはあれこれ思い浮かべてみた。お社様のごはんはだいたい油揚げだし、おれもハヤも油揚げはすきだけど、そうじゃないごちそうだって大好きだ。
「あのねえ、ヨウ知ってる? 俗世の狐は油揚げは食べないんだって!」
 後ろ足でくしくしと耳の後ろをかきながら、ハヤが言う。
「ふーん。何食ってるんだ?」
「うさぎとか鶏とか捕まえて食べるんだって」
「そりゃあいいなあ。兎汁も鶏鍋も旨いぜ」
「違うよ、ヨウ」
 ハヤはきちんと足をそろえると、台座の上で「おきつねさま」の座り方をした。
「捕まえた兎や鶏は生きたままバリバリ食べちゃうんだよ」
「……………」
 おれはべったりと台座に腹をつけて横になった。四つ足と尻尾がだらんと台座からはみだした。
「俗世の狐って馬鹿だよなあ。油揚げは食わないわ、兎や鶏は生き造りだわ。お造りならやっぱり魚だろ」
「兎汁、鶏鍋………食べたいねえ」
「…………行くか?」
 腹這いになったおれは上目でハヤをそそのかした。ハヤがうずうずと尻尾を振る。
「行こう、行こう」
 お天道様は空のまん中あたりに見える。昼時だ。
「家刀自んとこに行こうぜ。このところ俗世の男が通ってるって噂だ。旨いものがあるかもしれない」
 おれとハヤはぴょんと台座を飛び下りると、お社様の長い石段を転がるように駆け降りた。
 ぼんやりしてると、朱雀が昼のお勤めにやってくるからな。




 お社様の石段を駆け降りて参道を通り抜けると、路地に出る。俗世でいうところの町があるんだ。左手の道をずっと進むと川があって、対岸に花街がある。右手にはお山がある。
 家刀自のうちは町の中に普通にあるんだ。
 おれとハヤは腹が減ると家刀自の家や、ときには花街まで行って旨いものを食う。
 花街の姐さんたちにも、おれたちは人気なんだぜ。
 おれたちはいつものように、家の門の屋根を伝い昇って、家刀自のうちへ入り込んだ。
 家の囲いの上から、家刀自を呼ぼうと口を開いた時、脇の大路を物凄い音を立てて歩くやつに気づいた。

 ずし。ずし。ずし。ずし。

 そいつは背中を丸めて、ほんとど頭が腹にのめり込むような有り様で、でかい身体を揺らして大路を通り過ぎて行った。
「なんだあれ。ハヤ、あんなの見た事ねえよな」
「うん。ない。お山の方から来たのかな」
 僧形っていうのか。白と黒の法衣みたいなもんを着ていた。着物から出ているはだかの手足にはびっしり針みたいな毛が生えていて、腹にのめり込んで見えない顔の上の頭はいがぐりの丸坊主だった。
 まるい、でっかい頭にでっかい耳。
「あいつ馬鹿だなあ。家刀自のうちの側をあんな偉そうに歩いて。ただじゃあ済まないぜ」
 おれはそうつぶやくと、囲いから飛び下りてぬれ縁に降りた。
「よう、家刀自よう! なんかおくれ!」
「おくれ!」
 おれのあとからハヤが言う。
 ほどなくして、格子戸ががらりと開いた。
「なんだ、漬け物石か」
 家刀自が、きれえな青い着物を着て見下ろしていた。




「朱雀さんが言ってたよ。うちのあうんは狐じゃないただの石っころだ。漬け物石の方がまだ役に立つってね」
 おれたちは昼時の家刀自の旨い飯にありついていた。
 湯にくぐらせた薄い魚肉におろしと唐辛子とすだちと醤油のたれがついてて旨い。
「まともに飯も食わせないで何が役に立たないだ」
「そうだねえ。飯を抜いてもこうして他所でえさを貰ってるんじゃ意味はないね」
 はははと家刀自は笑う。
「1日1度の油揚げじゃ腹が減って動けないよう」
 ハヤが言うと、ふと家刀自は真面目な顔になった。
「お前たち、これからいつでも腹が減ったらうちにくるといい。旨いものをたんと食わせてあげるからね」
「本当かよ!?」
「ああ」
 飯台にひじをついた家刀自は、きれいに結った蒼い絹紐をちょっと触ってみせた。
「そのかわり」
 そわそわと家刀自は指をこまねいてちらと外を見る。障子から見える囲いの奥には誰もいないけれど。
「さっきみたいに大路や路地に異形が現われたら、おおきな声で鳴いておくれ。それだけでいいよ」
 おれとハヤは口の周りをたれで汚したまま、顔を見合わせた。
「うん。わかったー」
 ハヤがすぐ返事をする。おれは引き受けたがいいかと一瞬思ったが、まあケーンと喚くくらいなら大した事はないか。
「わかったよ」
「そうかい。ありがとう」
 にっこり笑うと、家刀自は突然立ち上がった。
「お客だ。おまえたち、さっさと食べておしまい」
 大急ぎで家刀自は外へ出て行った。
「……………」
「俗世の男が来たかな」
 なんだかそわそわしていたし、昼間っから大盤振る舞いなのも、男が来るのがわかってたから準備していたのかもしれない。



 すると、玄関先でものすごく大きな声がした。
 耳が割れるような大きな声だ。
「金魚?」
 と、その声は言ったと思うのに、おれやハヤの耳には
「きいいいんんぎょおおおおおおお!!!」
 ぐらいに大きく聞こえた。
 突然ハヤが大きく口を開けた。
 おれもつられて開けてしまった。
 そして、二匹でそろって
「ケーーーーーーーーーン!!!」
 と叫んでいた。

 なんでだかはわからない。

 そうすると、続いて玄関先からものすごい物音がした。
 ドーーーーーーーン!!! 
 という音と、何かがばきばきばきと壊れる音と、ぱっちーん! と弾けるような音。

 そのあとはしいんと静まり返った。

 おれとハヤはあわてて玄関先へ向かった。
 玄関先にはいつもどおりの家刀自が、格子戸を開けたままそこにもたれて、外を見ていた。
「なんだ、こんなもの」
 ただ違うのは、家刀自がそうつぶやいて、素足に履いた下駄の歯で何かをぐりぐりと踏み付けていることだ。
 なんだか紙きれみたいなものだった。
 その後………。
 どうしてか、家刀自の機嫌がそのまま傾いたみたいだったから、おれとハヤは挨拶もせずにそのままお社様の台座へ戻った。
 戻ったら、台座の上に本当に漬け物石が置いてあって呆れた。
 でも、朱雀は何故かその夜は何も言わず、夕飯を出してくれた。
 
 ここに棲み着いて長くなるけど、いまだにわけのわからないことが多い。

「なあハヤ?」
「うーん。お腹いっぱいで眠くなったよ。台座の上には漬け物石があるから、今日はお社様のお座敷のお布団で寝ようよヨウ。いいことしたあとって気持ちがいいね」
 おれの双子の弟も、だからときどきわけがわからないんだよな。