ストーンヘンジの明確な情報を入手。制空権を取り戻すため、ストーンヘンジへ攻撃を開始。 メビウス1の活躍により、ストーンヘンジ完全に沈黙。
その後、現れた黄色中隊と交戦。一機撃墜。黄色中隊は撤退。 「上官が呼んでたぞ」 「……ん」 最近、さっぱりまともに人と会話をしていない気がする。
欠員が出るたびに埋められる新人たちは、全員まるで何か違うものを見るような目でこちらを見る。憧れとか尊敬とか、そういう感情は決して気持ちのいいものではなかった。
まるで自分を無視されたようにすら思える。 最近はそれがもっと酷くなっている気がした。人と話すのが億劫だ。 自分がしていることは結局人殺しにすぎない。殺しはしていなくとも、ただ壊すということを繰り返すだけだ。それなのに、自分は英雄扱いされる。
「…最近、元気がないな」 友人はそんな自分の冴えない表情に眉を顰める。そんなにわかりやすかっただろうかと、苦笑した。 「寝不足なだけだ」
「眠れないのか?」 眠れないわけではない。忙しさはたしかに前よりも多くなっている。上官たちに呼ばれることも多くなった。ただの飛行機乗りというわけにはいかなくなってきている。
「いや、まぁ、気にしなくていいさ」 「空の方で影響が出ないなら何も言わんさ」 ひらひらと手を振って、友人は部屋を出ていった。殺風景な部屋の中、小さくため息をつく。
ストーンヘンジへの攻撃は、大々的に報じられた。新聞記者たちが詰め掛けたこともある。まともに受け答えするのは面倒だったから適当に相手をして。 記者たちの質問はいつも大した内容ではなかった。
―――ストーンヘンジを破壊した時のお気持ちは? そんなの、覚えてないの一言で切り捨てたかった。が、そういうわけにもいかない。 覚えていなかったのは、そのすぐ後に黄色中隊との交戦に入ったからだ。
(…あの時) 傍受した電波から聞こえてきたあれは、自分が、微かに憧れていた中隊のリーダーだった。 『こちら黄13。誰か黄4の脱出を見た者はいるか?』
知っている。あれに乗っていたのがどんな人間かは知らないが、黄色い翼に4の文字が刻まれた機体から、人は出てこなかった。 脱出のパラシュートは開かれなかった。
大手柄だと、ベースに帰ってくれば大騒ぎになった。ストーンヘンジを無事破壊した後、黄色中隊の一人を撃墜したことを、仲間たちは手放しで喜んだ。 強い敵だった。
思い出して、身震いをする。それから、ふと友人の言葉を思い出した。上官のところへ行かなければならない。 もう何回、出撃しただろう。何度人を殺したか。脱出しきれなかった人間は何度も見た。傍受した電波は、そんな時の悲痛な叫びも漏らさず伝えてくる。
だからこれは、ショックを受けたとか、そんなことではないのだ。
「ようこそ。お疲れさまです」 はじめて足を踏み入れたベース内は、やはり殺風景ではあった。どこを見ても屈強な身体つきの男たちが歩いている。大きなかばんを一つ持ってよろよろ歩いている身としては、なんとなく居心地が悪かった。
「いえ…無茶を言って申し訳ありませんでした」 「そんなことはありませんよ。どちらにしろ、人手が足りなかったのです。あなたのような科学の最先端を歩く人がこちらに来ていただければ、多少なりとも楽になるでしょう」
ストーンヘンジとメガリスを作った開発チームは、亡命を済ませたところでばらばらになった。 あの土地を離れた時点で、もうメガリスの開発は終わったのだから当然である。
何人かは、もっと安全な動力のストーンヘンジにかわるものを作ると息巻いていた。またある者は、もう隠居するとも言っていた。もっと身近なものを研究すると笑っていた。
そして自分は―――ここにいる。 ISAFのベースの方では人手が足りないらしいことを聞いた。出来れば腕のいい技術者数人を派遣してもらいたいという話を聞いて、自分は後先考えずに立候補したのだった。
「お力になれるよう、励みます」 「そんなにかたくならなくとも平気ですよ」 こちらが緊張しているのをあっさりと見抜かれて、ぎこちなく笑った。
場を繋ぐように、いろいろ話しかけられる。それを心ここにあらずといった状態で聞いていると、突然背後の扉を叩く音がした。 「入れ」 上官のよく通る声に反応して、扉が勢いよく開いた。そこにいたのは、年若い軍人だった。
自分と、そう年齢は違わないかもしれない。彼は、ちらりとこちらを見たが、大きな反応はせずに上官に向き直る。 「おまえの機体の担当のエンジニアだ」
「……」 上官の言葉に、うさん臭げな表情でこちらを見た。彼につく、ということは、彼が。 「ミスター。彼がメビウス1のパイロットです」
驚いて、一歩後ずさった。訝しむような視線でこちらを見る彼が、自分とほとんど年の変わらないだろう彼が。 自分たちをたった一人で護衛し、ストーンヘンジを破壊し、黄色中隊の一機を撃墜した、輝かしいエースパイロットだというのだろうか。
「いろいろ、話すこともあるだろう。今日はそれを伝えるために呼んだ」 「…了解」 機械じみた一礼の後に、彼は素早く部屋を後にした。気づけば置いていかれている。慌てて荷物を持って外へ出た。
「で、ではこれで!」 挨拶もそこそこに部屋を出る。廊下の端に彼の背中を見つけて、必死に追いすがれば、突然彼の足取りが止まった。 「あ…?」
ふと彼の背中の向こう側にいる人物を見た。ここにいる人間のことなど当然、ほとんど知らない。 だがともかくメビウス1の前に立つ彼は、どこか盲目的に見えた。
「自分は、先日ISAFに配属された……サインコール、ヘイロー11といいます」 「…ああ、知ってる」 ぽつりと呟くと、向かいの彼は酷く驚いたような表情を浮かべた。だがそれは次第に嬉しげに見え始める。それを見て、はじめてこの男を尊敬しているのだとわかった。
「悪い、今技師を一人案内してるとこなんだ。話は後でいいか?」 その言葉に、ちらりと視線を向けられた。それが、彼の体のいい逃げ口上なのは考えずともわかる。
「はっ、お呼びだてして申し訳ありませんでした!」 敬礼をする新人に、苦い笑みを浮かべて彼は先を歩く。しばらく行ったところで、ようやく足を止めた。
「…部屋番号とか、聞いたか?」 「え?あ、あぁそれは」 「じゃあ荷物置いてこい。さして上手くもないがコーヒーくらいは飲めるところへ行こう」
抑揚のない声。眠そうな双眸。どこかはっきりしない彼の姿に、あっけにとられたまま頷いて、部屋に荷物を押し入れた。 荷物といっても大きなトランク一つ程度だ。殺風景極まりない部屋は、それでもたぶん、兵士たちに割り当てられたそれよりもいいもののようだった。何はなくとも、個室なところが自分の待遇の良さをうかがわせる。
(…それにしても) リボン持ちと敵に恐れられ、たった一人で自分たちを護衛し、ストーンヘンジを破壊したような驚異的な強さなど、微塵も感じられない―――彼からは。
もっと屈強な戦士なのだと思っていた。目つきなども厳しい、もっとずっと張り詰めた雰囲気だとばかり。 たとえそうでなかったとしても、新人たちからは酷く尊敬されているようだ。
一番思うのは、彼の目が―――どこか静かすぎるのが違和感を覚えるのかもしれない。
案内された店は、人のあまりいない静かな店だった。出されたコーヒーはたしかにさほど美味いわけではない。かといってまずいわけでもない。が、何より店員の態度があまりよくなかった。
おかげで店内にいる客は自分たち以外一人もいない。 「…ええと…」 彼は、一向に口を開こうとしない。ただのんびりとコーヒーを飲んでいて、あまつさえこのコーヒーをおかわりしようとしている。
「私は、君の機体のエンジニアとしてつくことになってるんだけど」 「知ってる」 そっけない返事に、くじけそうになったがなんとか堪えてもう一つ。
「君の機体、あの時と一緒かい?」 「あの時?」 「…私たちの護衛についた時の」 その言葉に、彼はコーヒーを飲みながら視界を巡らせた。訝しむような視線だと思ったが、もしかしたら何か考えているのかもしれない。
「あぁ、あの時か。いや、あの後のミッションでかえた」 「出来れば詳しく機体のこと、聞きたいんだ」 仕事の話を持ち出せば、幾分か気持ちが楽になった。それからしばらく、そうして質問責めにした。どうやらあの護衛の時に使われた機体は廃棄されたのではなく、保管されているらしい。いつでも駆り出せるように調整もしてあるそうだ。
ストーンヘンジを破壊したことにより、多少の余裕は出てきているということかもしれない。 「じゃあ今の機体に特に問題はないんだね?」 「そうだな。燃料もよくなってきてる。飛びやすいな。最高ってわけじゃないが」
気がつけば、視線はあまりこちらにくれることはなくとも、彼はずいぶんと言葉数が増えている気がした。 「燃料か、今使ってるのって…いや、これはこちらが調べればいいかな」
「熱心だな」 相変わらず彼の視線は壁の古ぼけた飾りにあった。ただ、彼がはじめて自分本人に向けた感想を述べたと知って、自然と笑顔がこぼれる。
「まぁ、これが仕事だからね。調べたり、作ったり、ってのは一番好きなことなんだ」 「作ること、か…」 壁の飾りから、視線はゆっくりと落ちて、飲み干したコーヒーカップにうつった。
どこかその表情が寂しげに見えて、なにか悪いことを言ったかと眉を顰める。 「…と、ところで凄いんだね、君。あんなに尊敬されて」 「―――…尊敬…ねぇ」
腑に落ちないのか、どこか皮肉げな声音で繰り返す。こちらからすれば、あれは尊敬以外のなにものでもないのだが、彼にはもしかしたら別のものに見えたのだろうか。
「…己の孤独を愛せ、ってな、昔言われたことがある。…まぁ、昔ってほど前のことじゃないけど」 テーブルに肘をつき、どこかだるそうに呟く。彼が何を語ろうとしているのか、多少驚いたが聞き漏らすまいと無言で頷いた。
「俺は大したことはしていない。ただ指示に従っているだけだ。俺はしょせん、この戦争ではじめて実戦配備されたような人間だ」 「…え?」 「あいつらと俺と、違いなんてほとんどない」
彼の言葉に驚いて、言葉はすぐには出てこなかった。 たった一人で自分たちを護衛した彼が、ストーンヘンジを破壊し、黄色中隊の一機を撃墜した、誇るべき戦績の彼が、つい最近飛行機乗りとして実戦配備された新人なのだと聞いて、誰が信じるだろうか。
改めて彼をまっすぐに見つめたが、彼が嘘を言っているようには聞こえなかった。 「で、でもそうなら君は凄いよ、やっぱり」 「別に凄くない。俺はまだ、答えを見つけてない」
かたくなに、己の突出した力を認めない彼は、難しい顔で髪をかきあげた。 「答え…?」 「孤独を愛す、なんてどうすればいいかわからないからな。それをどういう意味で教官が言ったのか、それだってわからない」
―――その時の言葉は、いやに印象に残った。 耳の奥にこびりついたような感覚があって、その喫茶店での語らい以来、暇があればその言葉を反芻するようになる。
その間にも、彼―――メビウス1は、めざましい活躍を続ける。 地上にいる時の彼は、他人の前ではいつでも静かに笑っているタイプだった。決して目立つことはしないし、言葉数も多くない。ふと気がつけば外に出て空を見ていることも多かった。
「…あんたがストーンヘンジ作ったのか?」 整備を一通り終え、データを睨んでいたところで背後から声が聞こえた。 振り返る気にはなれずに、ただ頷く。
背後にいた彼は、そうか、と呟いた。それ以上動く気配もない。 「…ストーンヘンジは、あんたにとってはどういうものだ?」 「…難しい質問だな。ただ…私にとって、あれは…多分、子供のようなものだと思う」
だからこそ、あんなに恐れたのだ。ストーンヘンジが人を殺すのを。空から降ってくる隕石以外のものが墜とされることを。そしてそれによってもたらされる批判の声を。
「…ストーンヘンジって、凄いエネルギーを使うんだよ。そう、どこかの雑誌に投稿されていた手紙か何かに、『子供が夜八時をすぎたら電気を使わないようにしようと言い出した』ってね。そんなことする必要はないと、散々言ってあったつもりだけど、それでもそう思われるくらいに」
彼は頷きもしない。だが、そこからいなくなることもない。ただ静かに、こちらの言葉に耳を傾けているようだった。 「人に必要とされるものを作った、という誇りはたしかにある。…破壊されてしまったけどね」
「破壊したのは俺だ」 間髪おかずに返ってくる言葉に、多少胸が痛んだ。 だがそれは、亡命した時点でわかっていたことである。 「破壊するための情報を渡したのは私たちだよ。あれが…悪用された以上、仕方のないことだ」
「ずいぶん、あっさりしてるな」 彼はどこか苛ついているようだった。それがどうしてなのかはわからない。 振り返れば、彼は部屋の入り口で壁によりかかっていた。
「あんたにとっては大切なものだったんだろう?ならどうして非難しない」 「…非難、するべきは君ではなくてエルジア軍だろ?」 おかしい、と思った。
まるで非難されたいと思っているようにすら見える。 「……僕は、君が守った飛行機に乗ってた。小さな窓から必死に君の戦闘機を見てた。…凄かったよ、たった一人で君は僕たちを救ったんだ」
その言葉に、彼は苦い笑みをこぼす。自嘲気味な表情で、肩を竦めた。 「エルジア軍の奴等は迷ってた。あんたたち民間人の乗る飛行機を撃ち落とすのは後味が悪い。そこに俺が割り込んだだけだ」
「でも、君は凄い。君の腕はここで一番だ。そうだろ!?」 何故彼がこうも自分の戦績を否定したがるのかがわからない。それはまるで、あの時感じた感動すら否定されているようだった。思わず声を荒げれば、彼は絞り出すような声で言った。
「俺はただ壊すだけだ…壊して、殺して、それだけだ。あんたに尊敬されるような人間じゃない」 「―――…で、でも。あの時、君の乗る戦闘機はたしかに僕たちの希望だった」
「…あれは俺の棺桶だ。あんたたちの希望なんかじゃない」 そう呟いて、彼は部屋を出ていった。出ていく彼に、声はかけられなかった。 何をどう伝えればいいのかわからないまま、扉が閉まるのをただ見ていた。
「なんのマークだ?これ」 戦闘機乗りの何人かとは、わりと仲良くなった。個性的な連中が多かったが、それはこの中にいれば自分も同じだった。 振り返れば、捨て切れずにとってあったエンブレムが男の手元にあった。彼は唯一、メビウス1と同じサインコールを持つパイロットだ。
慌ててエンブレムを取り上げる。あまり人に見られていいものではなかった。 「いや…これは…僕が昔いた開発プロジェクトの」 言葉を濁しながら答えれば、彼は何かを察したようだった。
当然だ。彼もストーンヘンジ攻撃の際にメビウス1と共に出撃したのだから。 「…………ストーンヘンジ?」 「…そう」 頷いてから、しばらく重い沈黙が続いた。が、彼はさして気にしていないようだった。
「…シューティングスター、っていう。開発時はそういう名前をつけていたんだよ」 それが、ストーンヘンジという名前に変更になったのはどうしてだったか。見た目がまるで石の要塞のようだったからか。
これを捨てられないのは、どこかでまだストーンヘンジのことを割り切れていないからかもしれない。ふと数日前のことを思い出して、眉を顰めた。 「それさ、見せない方がいいぜ?あいつに」
「え?」 「あいつなぁ…最近ちょっと危ないよな。平気そうにしてるんだけどさ。つまずいてる」 彼が言う「あいつ」がメビウス1のことをさすのは、聞かなくてもわかった。
彼はこの戦争が始まった頃から僚機パイロットとして共に出撃している。聞けばまだ見習いだった頃からの親友らしい。 「戦争だから。俺たちのやってることが認められて大手を振ってられるけどさ…してることは結局人殺しだ、ってのに。気づいて虚しくなってるんじゃないか」
「…でもそれは…」 「殺らなきゃ殺られるからな。あいつだってそれはわかってるんだよ。たださ、新人同然なのに凄い目で見られるだろう。あれも駄目だな」
1994XF04。現在はユリシーズと呼ばれるようになった巨大隕石が多くの人間の命を奪った。 その爪痕はいまだに大陸のあちこちに残っている。
ISAFの中で、何人もの英雄と呼ばれるだけの力を持ったパイロットたちがなす術もなく死んでいった。 だからISAFのパイロットたちは皆若い。ほとんどが駆け出しとしか思えない腕のパイロットたちばかりだ。
そんな中。着実に撃墜数を伸ばし、必ず帰還するメビウス1は、ISAFの中でも大きな希望の光だった。 「…あいつは自分が腕のいいパイロットだって絶対に認めない。…あとさ、あいつはあんたのことが羨ましいんだよ」
「え?な、なんで」 彼の言葉に、ただ驚いた。そんなことあるわけが、とかぶりを振る。 「あんたは作ることが出来るからな。俺たちは壊すだけだ。…だからさ」
「…けど、僕が作ったあれは…」 ストーンヘンジは、人を殺した。たくさんの人を不幸にした。それなのに、彼はあんなものでも、羨ましいと思うのだろうか。
「俺たちは、自分の命もいつか壊される。だからさ、何かを作れる、ってのはいいことだ」 わからなかった。自分の作ったものは、人を殺してしまった。それはかえようのない現実で、自分は非難の声が恐くて、今も時折眠れないというのに。
それでも、彼はそんな自分が羨ましいのだろうか。
黄色中隊がいる。 レーダーにうつる機影に、知らず唾を飲み込んだ。
ファーバンティの敵基地へ渡るためのジョンソン記念橋は壊した。 『戦闘を許可する』 スカイアイからの無線に、唇を引き締めた。これで二度目。そしてこれで終わりにしなければならない。
地上のあちこちから煙があがっている。自分たちが空爆を行ったせいだ。 (相変わらず…) 飛び方に無駄がない。一瞬の迷いもない。あんな風に、自分は飛べているだろうか。
戦争をしている。黄色の13―――それは何人もの仲間を殺された、敵だけれど、その彼に自分はたしかに何かを求めている。たぶんそれは、自分の上を行く人。尊敬すべきその有り様を。
ISAFの中にはいないのだ。自分の周りにはそんな奴はいないのだ。 だから見失ってしまうのだ。自分は英雄ではない。だから、憧憬の眼差しを向けられても困るのだ。
自分は、誰にそんな姿を求めればいいかわからなくて、そしてそれを、敵である黄色13に見ている。 してはいけないことなのかもしれない。けれど、同じ戦闘機乗りの一人として、ただ尊敬するだけの存在だと、思っている。こんなことは、誰にも言えないが。
そうしているうちに、交戦に入った。やはり黄色中隊は強い。自分以外の誰も、彼らを撃墜せしめたことはない。 それでも、確かに穴はあった。それは以前、自分が撃ち落とした黄4の穴だ。新しく穴を埋めるためにいれられたらしいパイロットの操る戦闘機だけが、違った。
ロックオンするのは、他の誰よりも簡単だった。 そうやって、一機ずつ。 確実に減らしていく。 (あとはあんただけだ) 黄色の13。
「黄色中隊が出てきたって本当ですか?」 「あぁ、何機か墜とされた」 この基地にきて、黄色中隊という存在をはじめて知った。それはエルジア軍にいる最高のパイロットたちで編成されているらしい。誰も歯が立たなかったのを、メビウス1が一機墜とした。
だから彼は、あれ以来さらに英雄扱いをされた。 他の何機を墜とすよりも価値があるとさえ囁かれた―――けれど彼は、それを喜ぶそぶりは一度も見せなかった。
「こちらにはメビウス1がいる。きっと平気だ」 それは、自分も同じだった。 その想いが彼にとってどれだけ重荷であろうとそれはどうしようもない。
彼がいるから平気、と思うのだ。彼が空にいると聞くと、絶対勝てると信じてしまいたくなるのだ。信じることがたとえ危険なことであっても。 ここには、それ以外に信じられるものがない。
(…受け入れるべきだ) 彼はこの軍の中で、もう英雄なのだ。どれだけ抗っても、それは振り払えない。 強さの、それは代償のようなものだ。
衝撃があった。それから言葉にしようのない痛みが走った。 「…ッ」
黄色13からの攻撃を受けたのだと、身体のどこかで理解した。頭で考えるよりも、その機影を見失わないように。 たった一機になったというのに、黄色13は戦意は失っていなかった。
なんて精神力だろうか。自分の部下たちが消えていくのを、見ていないはずはない。敵機に囲まれた状態で、それでも彼の機体は無傷に見えた。 もう負けていることも、彼はわかっているはずだ。
援護はありえない。敵の戦力は分断されたまま、ほとんどが自分たちの空爆で息絶えた。 どんなに戦っても、もうエルジア軍は負けなのに。 ふと、笑いたくなった。黄色13の攻撃をかわしながら、彼と泥沼のような戦いを続けて―――。
(あんた…俺を、待ってたのか) 彼も。 そうだ。エルジア軍やISAFや、そんなことはどうでもよかった。 撃墜数も、競う気にはなれなかった。
エースと呼ばれることに、何の意味もないと思っていた。けれど。 彼と、戦いたい。彼と戦うために、彼の後ろ姿を追いかけて、今、彼が目前にいる。黄色13のペインティングが目に眩しいほど、はっきりと。
戦争なんて、どうでもいいとすら思える。 全身に走る震えは、彼と戦うことの出来る歓びだ。 彼は強い。尊敬するべきパイロットだ。そんな彼と、全身が痺れるほどの戦いを、この空で。
エースになったのは、そのためだと、今なら思える。 その瞬間だった。確実に彼の機体をロックオンした。
ミサイルは、確実に彼の翼に当たった。 致命傷ではない。だから飛び出してくると、そう思って彼の機体を見つめる。
出てきた、と思った瞬間だった。 彼の手から、なにか白いものが飛んでいった。 それに一瞬目を奪われて、次の瞬間。 「―――!!」
聞きなれた爆発音。そしてそこから逃げ出す姿は―――。 爆発するその中で、彼と目があったように見えたのは気のせいだったか。 満足そうに見えたのも、その顔が血で濡れていたのも。
見間違いだったのだろうか。 黄色13の脱出する姿は、ついに見ることは出来なかった。 帰還してきた戦闘機の中に、やはりメビウス1の姿はあった。その機体にリボンと呼ばれる螺旋のマークを模したその姿。
黄色中隊との戦闘で、損傷がある。着陸するその姿は、たしかにいつもよりも頼りなかった。 が、彼は何事もなかったように機体を着陸させた。 「おい、平気か!」
あちこちから整備員たちの声がかかった。 コクピットから抜け出してきた彼は、駆け寄ってくる整備員たちを手で制した。 平気だ、と小さな声。それは他の戦闘機のジェット音にかき消されたはずだったが、聞こえた気がした。
「破片で怪我しただけだ。…大した、ことじゃない」 だが、血は止まらない。頭部から流れ出ている血は、どろりとしていて鮮烈な色だった。 誰の助けも借りずに歩く姿に、言葉が出ない。
顔の半分を血に赤く染めた彼の姿に、近くを通りすぎてなお言葉が出なかった。動くことも出来なかった。 リアルに感じられなかった死が、突然に目の前に突きつけられた気がした。
ストーンヘンジで何人死んだかはわからない。その数は、今では怖くて聞くことが出来ない。 けれど、パイロットたちは皆ああやって死んだり、生き延びたりしたのだ。
死体なんて残らなかっただろう。 そうやって、自分の作り上げた巨大な武器は、何人ものパイロットを無尽蔵に屠った。 非難の声が怖い。―――けれどそれは、死んだ人間も生き残った人間も、どこか遠かったからだ。
それはなお、この基地に入っても続いた。 流れ出る血は赤かった。瞼の裏にはっきりと残っている。忘れるな、とその赤が叫んでいるようだった。
忘れるな。 忘れるな、自分は、直接的ではなくても、人を殺すことの出来るものを作り上げ、そして殺してしまったのだ。
|