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カミューが怪我をした。 凄まじい爆音がしたのだ、と聞いた。 たぶんあれは火薬を使ったものだったのではないか。だとしたらハルモニアにある組織の者の仕業ではないか、と。 何やら冷静に、マイクロトフは赤騎士たちの報告を思い出していた。 ベッドの上ではカミューが静かに眠っている。身体に巻かれた包帯が痛々しい。 ―――カミュー団長は、私たちはそこにいるようにとおっしゃって 見周りをしていたのだという。 最近はミューズの市長だったアナベルが暗殺されたこともあり、厳重に見廻りを行っていた。街からも出て、その周辺を。 そんな時に、不審なものがあると誰かが叫んだ。カミューはとりあえず部下たちを下がらせて、自分一人で向かった。 そして突然、爆音が轟いたのだという。 土煙が上がり、それがおさまった頃、カミューはその場に倒れていた。 外傷はさほど大きくないように思われたが、頭から血を流していたこともあり―――。 それがなんだったのかはいまだにわかっていない。 マイクロトフ自身も部下たちに命じて調べさせてはいるが、これといった手がかりは見つかっていないまま今に至っている。 (…呑気な奴だ) その場に倒れていたカミューは、その後一度目を覚ましたという。 話をしたのは主に医者だけで、その時カミューは「酷い耳鳴りがする」と言っていた、とか。 今ここでこうして眠っているのは、薬のためでもある。 が、そう理解してはいても、慌ただしく走りまわる部下たちの姿や足音を聞くにつけそう思ってしまうのだ。 カミューがこの状態である以上、仕事は他の者にまわされる。 もちろんそれはマイクロトフにも多少まわってくるから、普段よりも忙しくなっていて、本当はこんなところでぼんやりしている時間はあまりないのだ。 ないのだが。 「…まったくいい迷惑だ」 憮然としながら、マイクロトフはぽつりと呟いた。 怪我をした人間に言う言葉ではない。わかっていることだが、憎まれ口を叩きたくなって口にした己の言葉に我ながら苦笑する。 過去こうして怪我をするのはカミューよりはマイクロトフの方が多かった。 マイクロトフが怪我するたびにカミューは、一通り仕事を済ませてから呆れたような顔をしてやってきた。 あとは、「騎士団長という立場を考えて行動しろ」とか「そんな腕ではおまえの剣が泣くよ」とか言うのだ。 (…なんと言ってやろうか) だから、カミューが起きた時にはなんと言うべきかと。 考えて、そして苦笑する。もうここに来てから何度かそうぼんやりと考えていて、実は自分は優柔不断な質なのかもしれないと新たな発見をする。 カミューの顔を見ながらそんなことを考えていた時だった。 僅かに、カミュー瞼が痙攣した。 「!」 思わず息を飲んだ。今まではぴくりとも動かなかった身体に、突然命が吹き込まれたかのように見えた。 「カミュー」 慎重に名を呼ぶと、カミューは僅かに身体を起こして辺りを見回す。 「大丈夫か?」 だがこの問いかけに反応はなかった。カミューはそこが医務室であることを知るとちらりとマイクロトフを見る。 変だ、と思った。 表情が険しい。起きたばかりでまだきちんと事態が飲み込めていないのかもしれない。 そう思っていたマイクロトフは、もう一度彼の名を呼んだ。 「カミュー?」 「……今、なんと言った…?」 じっとマイクロトフの口元を見つめるその目に、真剣なその表情に、その言葉に、すっと指先から血の気がひいた。 質の悪い冗談だと思いながら、やけに鼓動が早くなるのを感じる。 「…おい」 「……悪い、聞こえないんだ。もっと、大きな声で言ってくれないか?」 カミューの耳が聞こえなくなった。 その原因はどう考えてみてもあの爆発しか考えられない。至近距離で爆音を立てられ、鼓膜に傷がついたのかもしれない、と医者は言っていた。 そういえば一度目を覚ました時、「耳鳴りが酷い」と言っていたと今更ながらに思い出す。 「…カ」 部屋に入ってその名を呼ぼうとして、聞こえないのだと気づいて慌てて口をつぐむ。 そっと顔を上げてカミューのいる窓辺に視線を巡らせれば、マイクロトフが部屋に入ってきたこと自体に気づかないようで空を見上げてぼんやりとしている。 (聞こえていた頃なら…) ドアを律義にノックするマイクロトフに苦笑して、「おまえの足音は規則正しいからよくわかる」と言いながら迎えてくれたものだったが。 今は、マイクロトフの足音も声も聞こえない。 「わッ!」 ぼんやりとそんなことを考えていると、空を見るのに飽きたのかカミューが振り返った。 そこでようやくマイクロトフが入り口のところで立っているのに気がついたようで、必要以上に驚いてこちらを見ている。 しばらくお互い黙ったまま、奇妙な沈黙があった。 「……いつからそこにいた?」 と、問うてから、その答えを聞く術がないことをカミューも気づいたようで少し苦い顔をした。 それから、テーブルに手招きする。そこにはペンと紙がおいてあった。 「…あ、あぁ」 カミューが言わんとすることがわかって、マイクロトフはようやく入り口から離れた。 勢いあまって力強く扉を閉めてしまって、マイクロトフ本人がその音に少し驚いたが、カミューにはやはりその音も聞こえていないようだった。 ペンを受け取って、そこに『今きたところだ』と書く。 「…あぁ、そうか…。案外耳が聞こえないというのは厄介なものだね」 「―――何も聞こえないのか?」 あまりにもいつものように、まるで他人事のように呟くから、それに反応して声にしてしまってから、カミューが少し困った顔をしていることに気づく。 「ごめん、なんだって?」 「―――ッ、わ、悪い」 この謝罪の言葉すら、カミューにも届かないのだと知っていても、言葉はとっさに口をついて出た。 そのたびに、マイクロトフの中に焦りのようなものが生まれる。 ―――会話が。 焦っているのを悟られないように、字に動揺が現われないようにマイクロトフはいつもよりも力を込めてペンを滑らせた。 「ああ、うん。何も聞こえないね。…一度起きた時は耳鳴りが酷くて何も聞こえなかったんだけど、今は」 やはりカミューのその言葉はいつも通りのように思えた。 いつものように、軽い口調。本気か冗談かわからない、紙一重のような雰囲気。 「…怖くないのか」 呟いてからマイクロトフは自分の拳を強く握った。 それから、カミューの顔を見ずにそう紙に書いて渡す。 昔からカミューは、淡白なところがあると思っていた。時には毎晩違う香水の匂いがしていたこともあったし、剣の試合も軽く受け流してあっさり自分の負けを認めるようなこともした。 そんな奴ではないと理解しているつもりなのに、時折不安になる。 「……不便だけどね。…怖い、っていうのは…どうかな」 微笑しながら答えるカミューの、その言葉にマイクロトフはさらに口を開きかけて、やめた。 カミューを見ていられなくて、黙ったまま踵を返す。 そのまま部屋を出ていこうとして、足を踏み出す。その音の大きさに力なく笑った。 この音も、カミューには届かない。 それが酷くマイクロトフを打ちのめした。 言葉もうまく伝わらない。会話がうまく進まない。会話にはいつも沈黙があり、視線の交わらない時間が確実にある。 カミューがもっと取り乱していればよかったと思う。そんなカミューはカミューらしくないと思っても、その方がこんな理不尽な怒りはわかなかったと思う。 やり場のない怒りが、どうしようもないやるせなさが。 思えばマイクロトフのこういう怒りは、いつもカミューが消化してくれていたのかもしれない。 苛立って激するマイクロトフを、時には叱り時には冗談で混ぜ返し時には理解を示し。 ドアノブに手をかけ、部屋を出ていこうとした瞬間。 「怒ったか?」 伝わっていないだろうと思っていたのに、そう言われてマイクロトフは驚きを隠せないまま振り返った。 そこにはやはり困ったように笑うカミューがいて、その姿はまるでいつも通りで。 「…足音、聞こえないけどね。響いてたから」 そう言いながらカミューは床を示した。マイクロトフの足音が、床をつたって振動という形でカミューにそれを知らせたようだった。 「…おまえは、ずるい」 伝わらないと知っていてもそれがどうでもよくなるほどに、叫びたくなった。 あまりにも、彼の姿が普通すぎる。 「そこから話しかけられても俺の声はおまえには聞こえない。すぐに伝えたくても伝わらない。…こんな状況なのにどうしておまえはそんなに冷静なんだ…!!」 嫌だった。耳が聞こえないことがまるでどうでもいいようで。 会話がうまくいかなくてもいいと思われているようで。 「…ごめん」 「!?」 「何を言っているのかはわからないけど…私はおまえを怒らせたんだろう?」 ―――言葉が。 届いているのだと思って、息を飲んだのだが。それは結局気配を察しただけのもののようだった。マイクロトフの表情を見ていたから怒っているのがわかっただけのことなのだ。 会話が成立したように思えたが、それは結局偶然だったのだ。 「…聞こえないなら謝るな!」 無性に腹がたって、マイクロトフはそう怒鳴ると力任せに扉を開け放った。 かかりすぎた力に、扉の継ぎ目が悲鳴をあげる。 うるさいと思うのと同時にやはりその音もカミューには届かないのだろうと思った。 苛々する。握り締めた拳から血の気が失われているのがわかった。 頭が痛い。 こんなに苛々している、その理由がわからなかった。 |
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続きます(爆)。一応、 一応騎士ズですが、赤が死ぬと青が怒るけど逆はないっていうのから察して、赤はいつも青が怪我してもさほど暖かいお言葉もかけない人でないかと妄想。相変わらず友情ですかね…。 |