No,LastScene -1-
君以外はいらないんだ。君しかいないんだ。君の、その魂でなければ駄目なんだ。



はじめて一組の教室に踏み込んだ瀬戸口は、信じられないものを見たような顔で硬直した。
それはほんの一瞬で、その場にいた者は誰一人として気づきはしなかったが。
居住まいを正して座る、胴着姿の黒髪の少女。
(…悪趣味だ)
心臓が高鳴った。彼女に、その姿に。その表情や瞳の色までもが、似ていて。
なんでそんなに似ているんだ、と。なじりたい気持ちを無理に抑え込む。
そんなことは問いただしたところで意味をなさない。そんなことは、無意味で虚しいものだ。
単純に、顔の造りが似ている程度ならよかったのだ。そんな人間は今までたくさん見てきたし、僅かに雰囲気が似ているとか、そんなものならもっと。はいて捨てるほど知っている。
だが彼女は違うのだ。それは完全に彼女の面影を宿し、その瞳の色までもが同じ青。
「壬生屋さんには一番機のパイロットを」
5121小隊の司令である善行がそう言った。その事務的な言葉に、瀬戸口は身体が冷えていくのを感じる。
周りの騒ぎは、瀬戸口の耳には届かなくなっていた。
(戦うのか、また…その姿で)
ここで出会ったのだから、誰もが戦うのだ。たとえばそれは司令として指揮をとる形であったり、整備としてバックアップにまわったり。
だが、彼女はそんな中でも先陣を切って戦う。
すでにその記憶が、本物かどうかもわからない遠い過去。瀬戸口は見ている。
黒髪の少女が先陣を切って戦う姿を。
その非力な腕で重い刀を握り締め、決してその瞳に戦意を失わず。
(…やめてくれ)
彼女の姿が。見てもいないのに戦場で士魂号に乗り戦場を駆ける姿が鮮明に浮かぶ。
だがそれは、瀬戸口の中にある女の姿と、綺麗に重なった。
(やめろ…)
そっくりだった。あまりにも似ていて―――許せなかった。
近づくな、と自分の中の誰かがそう言った。



「勿体ないよね」

仕事を終えた速水が、5121小隊のテントを見上げてそう言った。
いかにも慌てて作ったというのが伺われるそのテントの中には、いまだに何人か仕事をしているはずだった。
―――たとえば、彼女。壬生屋未央、とか。
「…何が?」
「二番機。あいてるのがさ」
どうやら目の前の彼は、肩の力の抜けた顔でそんなことを考えていたようだ。
優しい表情と、彼の内面は決してそぐわない。
「…適任がいないんだから仕方ないんだろ」
「瀬戸口、戦車技能持ってなかったっけ」
「おいおい、やめてくれよ?俺はおまえらのお耳の恋人だろう」
物騒なことを考えはじめた速水に、瀬戸口は素早く釘を刺した。
どこか納得のいかない顔で、まだテントを見上げている速水に微かに苦笑する。
「他にもいるだろ、適任は」
「まぁ、ね…誰がいいかな、たとえば」
テントよりも上へと視線を上げれば、そこには星が瞬いていた。
人が減った―――そのせいか、それとももっと別の理由なのかはわからないが、最近は星がよく見える。
「さぁなぁ。俺にはさっぱりわからんよ」
「僕はねぇ、やっぱり瀬戸口が似合う気がするよ」
「おまえさんも懲りないね…」
終わりにしたはずの話を蒸し返されて、瀬戸口は困ったように肩を竦めた。
案外、頑固なのだろう。芝村の一人である少女と、なんの気合もなく話せる彼だ。
別段驚くことでもなかったが、とにかく今、この話題だけはやめにしたい。
そうやって、いつものように話題をまぜっかえそうとした時だった。
「ていうかね、壬生屋さんがさ…」
「―――……」
喉元まで出掛かった言葉が、急に消えた。
言葉もなく瀬戸口は、速水を見つめる。
「結構、無理するんだよね。見ててヒヤヒヤするんだ。…今回で懲りてくれればいいけど」
いわゆる5121小隊にとっての初陣だった昨日。
はじめてにしては、たしかに上出来の戦績ではあった。戦死者はなし。だがそれは、決して大勝というほどではなく。
「武器が武器だから仕方ないかなって思うんだけどさ…」
壬生屋が士魂号で手にする武器は、やはり刀だった。
それゆえに、彼女はいつでも幻獣の間合いに入って攻撃を繰り出す。攻撃が間に合えばよし。間に合わなければ―――。
「僕と舞だけだとどうしても対応が遅れるんだ」
そう言っている速水の言葉に、オペレータとして仕事をしていた瀬戸口の耳にも聞こえた速水の焦った声が思い出される。
壬生屋は、結局幻獣たちに散々にやられた。間合いが近すぎるのも原因ではある。
それ以外にも、実戦不足であることや熱くなりすぎの節があるとか―――たくさん、要素はあった。
士魂号から降りた壬生屋はウォードレスのみで戦場に飛び降りた。
非力な少女が、その身一つで。
「だからね、二番機に瀬戸口みたいな人が乗ってほしいなって思ったんだけど」
「―――…俺は駄目だね」
あの光景は、いっそ恐ろしいほどに滑稽だった。
補給車まで戻った壬生屋の瞳はやはり戦意を失っておらず、青い瞳が痛いほど眩しくて。
(重ねるな。重なるな…)
その姿が、遠い過去の記憶とだぶる。綺麗に重なり、色濃く自分の前によみがえる。
それが、腹立たしい。
面影が似ているだけで彼女と重ねてしまう自分に。
そして、重ねてしまうほどに似た面影の、彼女に。
「そうかなぁ。だって瀬戸口、女の子の味方なんじゃないの?」
「…俺にだって選ぶ権利はあるだろう?」
瀬戸口の言葉に、速水は僅かに眉を顰めた。
「…嫌いなの?」
「―――嫌い、だな」
似ているのが許せない。その姿で戦場を駆けていくのが心に突き刺さる。
「力がないなら後ろでウロウロしてればいいんだ。死ににいくような奴は嫌いだね。…この時代、生きてナンボだろ?」
わざと明るい調子でそう言うと、速水はそれにつられたように笑った。
「でもそれが出来ないのが壬生屋さんなんだよ、きっと」
「どっちにしろ何にも考えてないのさ」
残される者の痛みも、苦しみも、絶望も、後悔も。
知らないということは強い。恐ろしいほど強い。だがそれを知っている者は、たとえ臆病と笑われてもどうしようもないのだ。
「でも僕も何も考えてないよ。…邪魔だから倒す、って。それしか考えてないよ。戦場についたらそんなものじゃないのかな」
うっすらと笑う速水の表情は、それはなんとも表現のしようのないものだった。
「戦場で、怖いとか考えるのは死に近いだけだなぁと思うんだ。だから壬生屋さんは傷一つなかったじゃない」
「…はは。おまえさん、しっかりもう順応してるんだな」
ウォードレスだけで戦場に降りた壬生屋を見てそう思う、その速水の強さに瀬戸口は苦笑するしかなかった。
なんて戦いに向いた男なのだろう、と思う。
不安にならなかったのだろうか。恐怖にかられはしなかったのだろうか。目前の幻獣たちが大きくは見えなかったのか。
「それは僕も思ったよ。…僕はきっと戦いに向いてるんだね」
毒気のない笑顔でそう言う速水に、だがそれでも。
「俺はおまえみたいにはなれないよ」
そう一つ言い残して、瀬戸口はその場から離れた。
その背中に、速水は邪気のない声で言った。
「考えておいてよ」
―――戦う気には、なれない。
彼女と同じ戦場に立つ気にはなれない。

遠い過去の記憶がだぶる。
眩しいほどの青い瞳。
鮮やかによみがえる過去の記憶。
「…やめてくれ。悪趣味すぎる…」
呟いた言葉は小さすぎて誰の耳にも届かぬまま宙に消えた。

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調子に乗っております…(爆)。瀬戸口×壬生屋ー!というわりにやっぱり速水と瀬戸口しかおりません。わぁい。そして二周目と一週目がごっちゃになってますね。ははは。気にしない気にしない!とりあえず公式の情報とか、あまり耳にいれないでやってます…ので、「ここ違うよ」というツッコミは勘弁していただきたく。わぁ(泣)。