No, LastScene-2-
 君以外はいらないんだ。君しかいないんだ。君の、その魂でなければ駄目なんだ。



 夢を見る。それは夜といわず昼といわず繰り返される悪夢。
 何度も何度も見る、驚くほど鮮やかな青。そして虚ろになる青の瞳。
「たかちゃん?」
 ふと気がつけば、そこはプレハブ校舎の屋上だった。
 突き抜けるほど美しい青空と、邪気のない安らぎをくれる少女の顔。
「……ああ、ありがとうな」
 そう言って頭をなでてやれば、ののみは嬉しそうに笑った。
 その笑顔を見ていると優しい気持ちになれる。あれだけ人を信じられなかった自分がここまで優しい気持ちになれるとは、思っていなかった。
「こわいゆめをみたらね、いろんなひとにいうのがいいのよ。そういってたのよ」
 まるで知っているかのような言葉に、だが瀬戸口は穏やかな表情のまま笑う。
「ふぅん…誰が?」
「あっちゃんとね、みおちゃん」
 その名前に、瀬戸口の表情に一瞬だけ苦いものが走った。
 今見ていた夢がフラッシュバックした。地に広がった艶やかな黒髪が。
「だからね、こわいゆめをみたらみんなにいうのよ。そうしたらそのゆめはほんとうにはならないのよ」
 そう言われて、瀬戸口は困ったように笑った。
 そして何も言わずにののみの頭をもう一度なでる。
 言えるわけがない。
 それはいつも同じ夢なのだ。倒れる女の、その絶望的な死の色。
 青い瞳には光は見えず、流れ出る赤い血は恐ろしいほど鮮やかで。
 叫んでも叫んでも、彼女を救えない。足はいつも、まるで凍り付いたように動かない。
 だから、助けられない。
 だから自分は決して彼女に届かないところから、叫ぶしかないのだ。
 ただ叫んで、咽喉を潰すほど叫んで、そして絶望するしかない。
 シオネ・アラダ。



「どうして授業に出ないんですか」
 戦闘とは違う微妙な緊張感が教室の中を走った。
 壬生屋の声は普段より低い。瀬戸口は肩を竦めた。
「おまえさんには関係ないだろう?」
 そう言いながら、瀬戸口の視線は窓の外へ移された。
 それは壬生屋と対する時には必ずそうされる。癖、というよりもそれは自然に起こる拒否反応のようなものだった。
「……そういうことでは、部隊の士気にかかわるんです!」
 ヒステリックさのこもった叫びに、瀬戸口はだが視線をそらしたままだった。
「士気ねぇ…やみくもに幻獣に突っ込むのはいいのか?」
 逸らした視線の先に、ふと速水がいることに気がついた。
 舞と話しながら、ちらりと視線が交わる。その瞳の青さに、まるで非難でもされているような気分になった。
「…私の武器は…刀ですから」
 押し殺したように呟く壬生屋に、瀬戸口は容赦なく続けた。
「馬鹿の一つ覚えでな」
 射程の確認もせずに、壬生屋は戦場を駆ける。幻獣の目と鼻の先まで間合いを詰めて斬る。
 それはたしかに確実な一撃を食らわすことが出来るだろう。
「壬生屋の技を馬鹿にするのですか!?」
「いちいち家の技にこだわる必要があるのか?授業聞いてただろう?ファンタジーの世界とは違うんだ。いいかげん視野を広げてみればどうだ」
 彼女の家の、その歴史の長さは知っている。だからといってそれに縛られるのは―――。
 そこまで考えて、瀬戸口は突然笑い出したい衝動にかられた。
 昔に縛られることを非難できた立場ではないではないか。がんじがらめに縛られているのは、今そのことを非難しようとした自分だ。
 黙り込んだ瀬戸口の意識を戻したのは、壬生屋の悔しげな声だった。
「壬生屋の一族は…あしきゆめと戦う一族なのです。私は…私は…!」
 きつく拳を握りしめる壬生屋の表情は、今にも泣きそうに見えた。悔しげな声の、その奥に激情のようなものが見えた気がして、瀬戸口は目を細める。
「―――そんなことは俺には関係ないね」
「わかっていますそんなことは!!でも、私は!!」
 最後までいわずに、壬生屋は教室を飛び出した。
 気まずい雰囲気が辺りを支配して、奇妙な沈黙が流れる。
 瀬戸口は小さく舌打ちをした。
(―――何も知らないくせに)



 覚えているのは綺麗に並べられた腕や足。
 昨日まで息をしていた、話をしていた、その人の物言わぬ姿。
 肉親が死ぬことなどこの時代で珍しいことではない。だがその姿はあまりにも鮮烈であまりにも醜いものだった。
 あまりにも酷い光景は、戦場に立つようになってからなおも鮮やかによみがえる。
「…にいさま…」
 走ってたどり着いた場所は、士魂号のあるハンガーだった。
 いつでもそこは薄暗い。ほのかに光るディスプレイや、機械たちの音が絶え間なく響く場所である。
 壬生屋は、一つため息をついて士魂号の足元に座り込んだ。
 瀬戸口が言うことも、頭では理解しているのだ。
 たしかに射程のあるアサルトやライフルの方が危険はない。けれどもそれらはどうしても自分の手には馴染まないのだ。
「……にいさま…」
 思い出されるのは兄の笑顔。泣く自分に優しく接してくれた兄。
 ―――幻獣に、手足をもがれて綺麗に並べられた兄。
 刀を持つ必然性などどこにもない。けれどその兄の姿を思い出すたびに強く誓うのだ。
 殺そう。殺そう。幻獣の手足をもぎとろう。この手で、確かな実感として感じ取ろう。
 兄にあんなことをした幻獣を、今殺したのだと。
 だから刀がいい。誰になんと言われても、それをかえる気にはなれない。
 壬生屋の一族の戦い方だというのもたしかにあるのだけれど。
―――馬鹿の一つ覚えでな
(何も知らないのに馬鹿にしないで)
 瀬戸口の言葉が耳に痛い。たしかに自分の戦い方は酷く効率が悪くて、整備員たちや同じく戦場に出る速水たちに迷惑をかけているのだけれど。
 でも、これしかないのだ。叩き込まれたのは太刀の使い方ただ一つ、それだけだから。
 強い眼差しで、壬生屋はもたれていた士魂号を見上げた。
 その瞳は酷く青かった。



BACKNEXT
う、うーん…(笑)。実はさきほど瀬戸口の裏設定を読んでしまい。非常にイヤンな気分です。
私てっきりシオネ・アラダって戦巫女だと勘違いしてたみたいで(笑)。
…も、もういい。適当にやります(爆)。そして2になってようやく壬生屋さん登場。どうなのそれは。そしてあの、私の知り合い様へ。「あ、またリベンジャー」とか言わないでくださ(逃)。