君以外はいらないんだ。君しかいないんだ。君の、その魂でなければ駄目なんだ。 戦場で、芝村の末姫を守るように動く男がいる。 「来須、少し前に出すぎだ」 若宮がぼそりと呟いた。目の前では整備員たちが忙しく走りまわっている。 戦闘は終わったが、彼らにとっては今からが本番である。結果的には圧勝であった今回の戦いでも、多少の被弾を受けた3番機の整備員たちは特に忙しいようだった。 「……」 その騒がしさの中で、やはり来須は無言だった。声もなくただ黙っている。 黙って士魂号を見ていた。 「俺たちは自分の体力がそのまま戦闘に跳ね返る。パイロットたちと違う。今更な話だが今日のはやりすぎだ」 3番機が、スキュラの射程に入った。速水の計算では抜け出せるはずであったが僅かな誤算があった。すでにシルバーソードを何度も授与している彼にしては珍しい失態であったが、いくら今一番化け物に近い男であっても所詮人間だ。 僅かに緊張が走った、その瞬間。 3番機の足元を何かが駆け抜けた。小隊の全員が息を飲んだ。スキュラに接近戦を挑むように走り出たのはスカウトの来須だったのだ。 もちろん射程に入っている。それはとんでもない賭けだと言っていい。 むしろ、来須は命を投げ出したようにすら見える行為だった。 だがその瞬間、どこかで爆音が聞こえた。壬生屋が、幻獣を仕留めたのだ。 そして芝村準竜師の声が聞こえた―――。 『…敵は撤退をはじめた。掃討作戦に移行せよ』 「たしかに3番機は危険だったが、士魂号というワンクッションがある。―――何かを気にしながら戦うのはよくない。その状況に見合う動きをしろよ」 肩を軽く叩くと、若宮はその場を後にした。 取り残された来須は、やはり僅かに傷ついた士魂号を見上げている。 しばらくそうしていた来須の背後に、笑い声が聞こえた。 「いつまでそうしてるの?」 「……」 振り返れば、そこには速水がいた。 ウォードレスを身につけたままの彼は、妙にこの戦場に似合わない表情で笑っている。 普段、学校で見るのと大差のない笑顔はウォードレスの姿もあいまって妙な雰囲気を醸し出していた。 「今日はありがとう」 その言葉に来須はやはり口を開くことはなかった。速水は一緒になって士魂号を眺める。 「でもさ、来須。若宮が言うのも本当だよ。…舞のためにそんな無理をするのはよくないと思う」 速水の朗らかな声に、だが来須ははじめて物言いたげに僅かに表情を見せた。 彼にしては珍しいその動揺に、速水は肩を竦める。 「やっぱり」 「………」 「舞ちゃんむりするのはめーなのよ」 そう言いながら、ののみは小さな手で舞の指にバンソウコウを貼った。 むっつりと黙り込む舞は、ののみがはってくれた可愛らしいバンソウコウを見て僅かに顔を赤くする。 「あっちゃんやぎんちゃんがかなしむのよ。だからむりしちゃめーなの」 「…なぜ厚志と来須が悲しむのだ」 納得いかない様子で、舞がぼそりと呟いた。 ののみは邪気のない笑顔でためらいもなく答える。 「それは舞ちゃんが好きだからなの」 予想もしていなかったのか、舞は途端に耳まで顔を赤らめた。言語が崩壊してしまったらしい彼女は、どもりながら何か必死になっている。 そんな二人の遣り取りを、瀬戸口は少し離れたところで見ていた。 ののみの言葉には嘘がない。彼女がそう言うからにはそれが真実で、来須と速水は舞のことが好きなのだろう。 そう考えれば今日の来須の行動は納得がいく。危険をおかしてまでもスキュラの前に飛び出した来須の行動は。 (…昔の誰かだな) 危険だという理性はその感情の前には歯止めにはならない。そういった行動には、覚えがあった。 自分の命などどうでもいいから助けたいと思う、あの衝動は―――それは恋や愛といった言葉で呼ばれる。 あんな彼らを見ていると、どうにも嫌な気分になる。 特に。瀬戸口には来須よりも速水が怖かった。認識の差なのだろうか。 (違うな。…近いからだ) 速水のめざましい活躍は、目を見張るものだった。 戦場に出たのはつい一ヶ月ほど前のことだったのに、彼はすでにその手にいくつもの勲章を持っている。 彼の乗っている士魂号複座型はたしかに頼もしい戦力だ。だがそれだけではなかった。 (たぶん奴は…俺と同じになる) 絢爛舞踏をとり人でなくなるのだろう。青い瞳をより一層輝かせて彼は戦場を駆けるのだろう。 ―――あの少女がいる限り。 だから怖い。彼が同じになるかもしれない、そのことが恐ろしい。 「来須、僕たち友達だろ?親友だよね?君がそう言った」 来須の答えはやはりなかった。だが速水はそんなことは気にも留めない様子で話を続ける。 空は、朝の光で白みはじめていた。 清々しさすら感じるその空の下で、彼は笑う。 「僕も、そう思う。僕と君は親友で、きっとこれからずっとずっと長くつきあうことになる」 速水は実に楽しそうである。まるで夢でも語るかのような表情だ。だがその目は真剣だった。彼は、嘘は言っていない。夢を語っているのでもない。 「舞と一緒に。僕らは…。そう思わない?」 「………」 なんと言えばよかったのだろうか。来須はただ黙って速水を見ていた。 昇りはじめた太陽の光が、彼を照らす。それは実に不思議な光景だった。 「………そうかもしれない」 低く呟かれた言葉に、速水はやはり笑った。 そなたがヒーローだったらいいなと舞が言った。あの瞬間、自覚した。 舞がそう言うのなら決戦存在とやらになってやろうと。 絢爛舞踏とか呼ばれる、名前だけが豪華なその勲章を受け、化け物になろう。 300機撃破するということはすなわち人間ではなくなるということだ。絢爛舞踏について語られる言葉は美しく禍禍しい。 「舞うように死を呼ぶ化け物」と呼ばれることになる。それをその手にするということは、平穏な日々を 捨てるということになる。 だが、この戦争の日々でそんなものは元々なかったにも等しい。 だからこそ、速水はあっさりと捨てる気になった。そんなものに興味はない。 「いつから気づいていた…?」 来須の問いに、速水は肩を竦めた。 「いつだったかなぁ。確信したのはさっきだよ?」 天才で芝村である舞は、完全な芝村である。世界を征服しようと笑いながら言う。 それはいっそゲームのように。 そんな簡単にはいかないよ、と思う心に、僅かに「出来るかもしれない」という希望を植え付ける。 だがそれでも、舞は女だ。 「舞は女の子だからね。守るべき人間は必要だ」 隣に立ち、共に歩きながら、あるいは後ろからそっと見守りながら。 「僕たちは同じだ。ねぇ来須」 太陽の光が眩しい。まるで夏を思わせるその日差しに、来須は目を細めた。 それは目深にかぶった帽子で速水に知れることはなかったが、本当に太陽の光が眩しかったからかはわからない。 「三人で歩くのはわりと面白いよ。きっとね」 一番機の整備をしている遠坂がぽつりと呟いた。 「壬生屋さんは戦い方がうまくなってきていますね…」 ため息でもつくようなその声音に、原は肩を竦めた。 彼が幻獣共生派であることは暗黙の了解、周知の事実である。彼の重い声音には、そんな意味があるのかもしれない。 「そうね。いいことだわ」 見上げる士魂号は傷一つない。相変わらず特攻していくのには変わりがなかったが、まるで別人のような動きで幻獣たちの攻撃をかわして確実に仕留めていく。 2番機に乗るパイロットがいないことで生じる戦力不足など感じさせない強さを、5121小隊は誇っていた。 人型である士魂号だ。他の部隊より戦力があるのは当たり前であった。 それを生かすことが出来るかどうかは、小隊内の人間たちの手腕による。だがパイロットたちは確実に敵を殲滅し、整備員たちはしっかりと仕事をした。 「朝まで頑張る必要がないのはいいことだわ」 呟く原の表情は、朝日に遮られてよく見えない。 この部隊からおそらく、化け物が出るであろうことは誰もが予感していた。 「あら壬生屋さん?」 整備員たちから少し離れたところで、壬生屋がぼんやりと立っているのを見つけた原が声をかけた。 「遠坂くんが褒めてたわよ」 原は大人っぽい笑顔で壬生屋を迎える。いつもなら壬生屋はすぐに機体を壊すと怒り心頭の彼女にしては珍しいことだった。 それだけ壬生屋が戦いに慣れてきたということだ。 「…ありがとうございます」 何に対する褒め言葉であったかは、お互い尋ねようとはしなかった。 さきほどまでここは戦場だったのだから、聞かずともわかったのだろう。 「私も嬉しい限りよ」 3番機が僅かに機体性能を下げたものの、大した損傷ではなく、1番機は目覚しい活躍をしている。死傷者もなく敵を殲滅した。 整備主任にしてみればこれほど嬉しいことはない。 「でも驚いたわ。突然、よね」 きっかけでもあったのだろうかと思わせるほど、その戦いぶりは以前とは違っていた。 同じく戦場に出た誰もが思ったであろうことを、原は面と向かって聞いてみた。元々、頭の良さが滲むような美人だから、その笑顔には妙な迫力があった。 「…いえ、別に」 壬生屋はそれにはまともに答えなかった。 きっかけが瀬戸口との口論だなどと死んでも言う気はなかった。彼に壬生屋の技を馬鹿にされるのが嫌で、文句を言わせないほどの強さを求めたのは確かだった。 そのために、最近彼女は明け方までずっと仕事や訓練に精を出している。 同じパイロットの速水や舞たちはたぶん知っているだろう。 「元々…幻獣と戦うのは壬生屋の家の宿命ですから」 「そう…。まぁいいことだわ。頑張ってねパイロットさん」 それでは、と頭を下げて壬生屋が去っていく、その後ろ姿を見つめながら、遠坂がぽつりと呟く。 「……宿命、ですか…」 「うちの部隊にはそんな人ばっかりよ。芝村もいるしお金持ちのお坊ちゃんもいるし。変な部隊だわ」 士魂号に深入りしても死なない自分のことについては、原はあえて口にはしなかった。 自分のことなど口にしなくても、充分にこの部隊がおかしいということはわかっている。それは遠坂もわかっているのだろう。 原の言葉に一瞬、苦虫を噛み潰したような顔をしたが、すぐにいつもの穏やかな微笑みに変わる。 「…そうですね」 「あーたかちゃんだ」 ののみの嬉しそうな声に、舞は顔を上げた。 いまだに頬が火照っていたが、それでもすぐに芝村の顔に戻る。 「瀬戸口か」 「よぅ。顔、まだ赤いぜ?」 ののみを抱き上げて肩車をしてやる。慣れた動作で、それはむしろ親子のように見えた。 「……ッ。べ、別に私の顔が赤いのはそなたには関係なかろう!」 「そりゃそうだ」 速水が「舞は面白い」と言っていたその意味が、なんとなくこういう時にわかる。 芝村の一員として、彼女はなんとも言えない征服者の顔を、瞳をしている。 それなのにこういう時の彼女はウブなただの少女で、そのギャップが―――言葉にするなら面白い、としか言えない。 「今日は危なかったな」 「あれは私も失敗であったと思う」 スキュラが出たら味方の損害が0で済むと思うな、と言ったのは本田だっただろうか。 戦いに慣れてしまった速水の珍しい判断ミスで、あの瞬間少なくとも三人の命が危険にさらされた。 「…明日は勲章授与式だな」 「数はあまり気にしていない。が、そなたがそう言うのならそうなのだろう」 頭上のののみは、二人の会話を聞いているのかいないのか。 瀬戸口からはそれはわからなかった。 「黄金剣翼突撃勲章…アルガナか」 一ヶ月程度で、速水と舞の乗る士魂号は150の幻獣を狩ってきた。 ゴールドソードを受賞した彼らに、仲間たちはアルガナを目指せと言ってきた。瀬戸口もそれを聞いている。 だがそれは、彼らにしてみれば冗談だったはずだ。 たしかに現在の戦況は決して良いとは言えない。日々どこかで誰かが死に、幻獣たちが増えている。 「目指すところは300だと厚志は言っていた」 「ははは…絢爛舞踏か?化け物になりたいって?」 笑う瀬戸口の頭上で、不意にののみの小さな手の暖かさを感じた。 「あやつはヒーローになる。…私も、厚志がヒーローであれば良いと思う」 それがどういう意味かわかって言っているのか、と声に出して責めたくなった。 だがそれをせずに、瀬戸口はただ困ったように笑うしかなかった。 あの笑顔で、あのぼんやりとした笑顔で、化け物になるのだろう。一度言ったら彼はそれを現実にするはずだ。 だからこそ、簡単にヒーローだなどと口にしてくれるな、と。 「…俺はそんなのはどうでもいいな」 言いたかったが、それはやめた。 そんなことを話したかったわけではない。関係ないわけではないが、本題はそこではない。 「…なぁ」 「なんだ」 いつもと変わらない不遜な態度の舞に、瀬戸口はこれまで他人に見せたこともないような真剣な表情で言った。 「あんたは、死ぬなよ」 「……」 「あんたは死ぬな。芝村舞が死んだら速水はただの化け物だ。ヒーローじゃなくて、ただの化け物にすぎない。…それは嫌だろう」 君のために僕は世界を敵にまわす。そして世界を救うよ、と。 たぶん速水はそう言う。 舞が生きている限り。 覚えがあるのだ―――そんな姿には。 だがそれも、その人が生きていなければ意味はない。 似ているのだ。昔の己に。 誰かのために世界を敵にまわすその姿が。 ―――だから、怖い。 「わかった。肝に命じよう」 怖いのは、来須よりも速水だ。 表立ち戦うことを選ぶ彼だ。 その姿がよく似ている。彼女のためだけに戦う彼の、その後ろ姿が。 世界を救おうと言って彼の前を歩いていく彼女の姿も。 (…頼むから) 瀬戸口の真摯な眼差しを受けて、舞は強く頷いた。 (同じになるな) ふとその視界の隅に、壬生屋が見えた。 朝日を受けて歩く、その姿に瀬戸口は無意識に祈っていた。 |
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今回は瀬戸口×壬生屋っつーよりむしろ来須×舞と速水×舞です(爆)。 瀬戸口と速水ってプレイによっては同じ絢爛舞踏同士で、しかも戦う理由みたいなものも似ているかな、ってとこから始まったわけですが。 なんていうか…一週目二周目が混ざってると言ってましたがむしろシバムラティックバランスもまざってきた気がします(爆)。頼もしい壬生屋とスカウト。とほほ(笑)。 |