No,LastScene -6-
 君以外はいらないんだ。君しかいないんだ。君の、その魂でなければ駄目なんだ。



「うーん。でもイヤリングはねぇ」
「…当人に見舞う気持ちがあればいいのではないか?」
「えっとね、えっとねぇ…」
「……」
 新市街に寄って何か買っていこう、と言い出したのは当然速水だった。とはいえ壬生屋の好きなものがイヤリングだと知って、さてどうするかと店先で楽しくショッピングをしているのだった。―――三人は。
 来須は元々無口だから気にする者はいなかったが、自分が押し黙っている。その事実に、瀬戸口は笑い出したい気持ちだった。
 ののみがこちらを気にしている。それを速水がさとしてくれているのもわかっていた。
 それでも、頭の中が混乱してしまっていて、言葉を紡ぎ出すことが出来なかった。
 その不自然な雰囲気に、速水は一つため息をついた。舞にののみを頼むと、二人のそばを離れる。近くにいた来須をちらりと見上げた速水は苦笑した。
 何を思っての苦笑だったのかはわからないが、来須はそのまま舞たちの方へと歩いていった。
 その背中を見送ってから、瀬戸口の方へ振り返る。
 速水がそばにいることすら気づいていないかもしれない。しばらく観察するように見つめていた速水は、一つ空気を吸い込むと少し大きな声で、
「ねぇ瀬戸口は何がいいと思う?」
と聞いた。途端に、大袈裟なほどに肩が震える。一点を睨んでいた瀬戸口の目が、ようやく速水の存在に気づいた。
「…え?あ、あぁ…」
「壬生屋さん、何持ってったらいいかな?」
 文句のつけようのない笑顔で、速水は首を傾げた。瀬戸口の様子が変なことに対しては何を言う気もないようだった。
「…なんでもいいだろ」
「駄目だよ。そんなんじゃ」
 速水はにっこりと笑った。壬生屋への見舞いの品を、速水は瀬戸口に選ばせようとしている。
 なんとなくそれを感じとったはいいが、どうすることも出来ずに、困ったように瀬戸口は視線をさまよわせる。
 こういう時の速水の強情さは知っている。が、かといって何かを選ぶ気にはなれずにぼんやりと、近くにあった小さなサボテンの植木を見つめる。
「あ、あのサボテン?いいね」
「…おい、別に俺は」
 速水が素早くそれを手にとる。舞とののみに「これどうかな」と見せてやれば、全員がそれでいいだろうと頷いた。
「みんなもこれがいいって。さすが瀬戸口だね」
 そんなんじゃ今更何も言えないじゃないか、と心の中で毒づいて、瀬戸口は視線を逸らした。
 こんなところで買い物をして、壬生屋の家にいって、それでどうする気だろう。
 昨日やってしまった事はもう取り返しがつかない。会えば苦しくなるだけだ。それなのにどうして逃げなかったのだろう。
 ののみにあわせる顔がなくなるからだろうか。―――それもある。だが、それだけではないと思った。
(…俺は)
 壬生屋に会いたいのかもしれない。
 会ってどうするとか、そういうことが二の次になるほど、会いたいと思っているのかもしれない。
 泣かせてしまった。酷いことをしてしまった。だから、会って謝りたいのかもしれない。
 だが謝って済むことなのか、第一会うことが出来るのか。この四人の目の前で壬生屋が錯乱して―――怯えたらどうするつもりだ。どう弁解するつもりだ。どう言って、どうやって。
「はい瀬戸口」
 精算を済ませた速水がサボテンの植木を瀬戸口に手渡した。とっさに手を出して、それから困ったようにそれを見つめる。サボテンには、可愛らしくプレゼント用にラッピングがされていた。
 どう言ってこれを渡せというのだろう。こういう役目は、速水やののみがぴったりで、自分向きではない。
 そう思って、ののみに渡そうとすれば、ののみは力いっぱい首を横に振った。
「だめなの。たかちゃんがわたすの」
「………ののみ」
 その言葉に、瀬戸口は苦笑するしかなかった。速水はすでに前を歩いている。
 どう言って渡せばいいんだと思いながら、この小さな少女の言うことに逆らうことも出来ず、瀬戸口はサボテンの植木を持ったまま歩き出した。



「なんだか騒がしいね…?」
 速水がそう呟いて来須を見上げた。壬生屋の家のある方へ近づいていけばいくほど、騒がしくなっていくようだった。舞の表情も険しくなっている。
 その、風に乗ってやってくる匂いは、硝煙のようだった。聞こえてくる音は銃声かもしれない。
「……待て、速水」
「わかってるよ」
 来須が先頭を行く速水を押し留めた。覚えのある匂いと音。あれは戦場特有のものだ。
「テロ…か?」
 舞が眉を顰める。舞の言葉に、ののみが怯えたように瀬戸口の服の裾を握った。
「大丈夫だ、ののみ」
 怯えるののみを庇うように立つ。様子をうかがう来須と速水が前へ出た。確認に行ったのだろう。来須はスカウトだからともかく、速水は見た目が細いので多少不安だったが、アルガナを授与した男に それも失礼かと思い直す。
 しばらくすると、二人が戻ってきた。その表情はどこか複雑そうだった。暗い。
「どうだったのだ」
「うーん…このまま壬生屋のところに行くのは無理みたいだ」
 速水は言葉を濁らす。やはりテロがいるのだろう。なにもこんな、壬生屋の家のそばで、と舞が苦い顔をした。
「いや、…その、違うんだ」
「…速水?」
 困ったように速水が来須を見る。来須は黙ったままだった。
 二人の様子に、瀬戸口は目を細める。
「…テロ、だろう?」
「……うん」
 瀬戸口の言葉に、速水はこくりと頷いた。ののみの、裾を握る力が強くなる。
「壬生屋の家…だと思うんだ。テロの…たぶん幻獣共生派の人たちが囲んでて」
「なんだと?」
 途端に、銃声が聞こえた。慌てて全員が振り返る。音が近かった。瀬戸口はとっさにののみを抱き上げる。来須と速水は舞を守るように立った。
 聞こえてくる足音は複数で、何人かは銃を持っているようだった。
 こちらに向かってきている。
「行こう、まずい!」
 速水の声で、全員が走り出した。今は武器も何も持っていない。それが悔やまれたが、とにかく今を走るしかなかった。巻き込まれたりしたらたまったものではない。
 と、抱き上げているののみが叫んだ。

「みおちゃん!!」

 全員がその声に足を止めた。振り返れば、それはたしかに壬生屋の姿で、向こうもこちらに気づいたようで、とっさに足を止める。
「壬生屋!?」
 速水が叫んで名を呼ぶ。踵を返した壬生屋が刀を抜いたのが見えた。
「早く行ってください!あなたたちまで巻き添えになってしまいます!!」
「な…ッ!」
 とっさに、瀬戸口が踵を返した。既視感に襲われたのだ。自分を犠牲にして助けようというその姿が、刀を抜いた彼女の後ろ姿が―――。あの人の姿と。
「や、めろ…!」
「瀬戸口!?」
 とっさに、速水にののみを押し付けた。いつもはこんなことはしない。
 だが、身体が勝手に動いていた。今は―――助けなければ、とそれしかなかった。
 そうしなければ後悔する。そんなことを思ったのは、走り出してからだった。身体が熱い。
「壬生屋!」
「!?」
 銃弾が肩を掠めていった。見れば壬生屋もあちこちを怪我している。白い肌に血が流れている。それがやけに痛々しく見えて、瀬戸口は舌打ちをした。
「行くぞ」
 腕を引っ張ると、壬生屋の身体が一瞬硬直したのがわかった。
 今はそんなことを気にしている場合ではない、とは思っても、心の奥が締め付けられたような気分になる。
「あ、あなたは早く行ってください…!」
「いいから!行くぞ」
 走ってくる音が聞こえた。ばらばらのその音に、瀬戸口は内心少しだけ安心した。素人だ。
 重火器も重いに違いない。走ってくる足音は決して早くはなかった。
「!」
 瀬戸口は、壬生屋の手を強く掴んだ。後はもう、壬生屋を引きずるように走った。



 追手がこない事を確認して、瀬戸口は大きくため息をついた。
 握っていた手を離すと、慌てたように壬生屋が離れる。
「…なんで、こんな」
 息を切らしながらようやく吐き出されたその言葉に、瀬戸口は一瞬黙り込む。
 答えずにいると、壬生屋がさらに続けた。
「東原さんが…心配しますよ」
「違うな。ののみは誰の心配でもするんだ」
 それがどんな相手でも、きっとののみは心配するし、微笑むだろう。彼女は大丈夫。
 不思議とそう思った。向こうは速水も舞も来須もいる。
「……なぁ、こういう時はまずありがとう、じゃないのか?」
 なんとかいつもの自分を取り戻そうとして、瀬戸口は無理矢理にいつもの調子に戻そうとした。
「…別に、あなたに助けられなくても逃げられました」
「こんな怪我してるくせにか」
 そう言って、瀬戸口はもう一度、壬生屋の手を取った。壬生屋の身体は、よく見ればあちこちに裂傷があった。
 あらためて手をとらても抵抗しない壬生屋の、その手から伝わってくる僅かな震えに、瀬戸口は顔を上げる。
「おい」
「…大丈夫です。こんな怪我」
 戦うことを日々に叩き込まれているはずの壬生屋が。幻獣相手に無謀な特攻ばかりして仲間全員をひやひやさせている壬生屋が、震えている。
「…無理するな」
「…違います。別に、別に怖くなんか…ッ」
 この震えは、どこから来ているものだ?
「じゃあおまえさんが怖いのは…俺か?」
 あえて自分から触れた。これでそうだと頷かれたらどうするつもりだと、自嘲する。
 だが壬生屋の答えは違った。
「…ち、違い…ます。私、は。あの人たちの目が…」
「目?」
 震えは一層酷くなってきているようだった。
 握っている刀が、カチカチと音をならした。
「おい、壬生屋」
「あんな、あんな目見たことなくて」
 テロが家を取り囲んだ際に、彼らの目的が自分であると知った。
 幻獣と戦う一族の生き残りとはいえ、さして有名でもない壬生屋の家の中で、有名なのは―――最近撃墜数が上がり、ほんの少し前に黄金突撃勲章を授与した壬生屋未央、だ。
 授与した事実は、ほぼ同時期にアルガナをとった速水たちがいたから、騒がれることはなかった。 だから、忘れていたのだ。それを授与したこと。
 それを貰うことが出来るだけの、幻獣を殺していたこと。
 士魂号に乗って幻獣との戦いを前にするより、彼らの目は恐ろしかった。
「壬生屋」
 震えはなお酷くなるばかりだった。止まらない。
 唇を噛んで、震えてばかりでうまく動かない自分の身体をどこか呆然として見つめる壬生屋の、その手を。
 瀬戸口は強く握りしめた。
 その強さに驚いて顔をあげれば、瀬戸口が壬生屋を、正面から見つめていた。
「大丈夫だ、壬生屋。もういない。安心しろ」
「そ、そんなの…」
 怖いと思う自分に悔しいと思う。幻獣と戦う日々で、勲章を授与するまでに至ったのに、それは―――得たと思った強さはなんて脆いものだったのだろう。
 それでも、脳裏に焼き付いたあの目が怖かった。いないと言われても、その視線を感じてしまう。そうして、自分の行動を否定しているように見えた。
「…無理に止めなくていい。身体の自由にさせてやれ」
 そう言われて、せめて何か言い返そうと思った。
 その瞬間。
「―――…」
 抱き寄せられた。
 それに驚くよりも、嫌だと思うよりも、そのぬくもりで、途端に胸の内が軽くなった。
 ずっと。
 ずっと、誰かにこうしてほしかったような気がして、壬生屋はそっと目を閉じた。
 幻獣に立ち向かう時も、どんな時でも本当は怖かった。
 その怖さを忘れるために突進した。ただ走って前へ行けば怖いものを見たと震える暇はなかったから、戦場でも無理に攻めこんだ。
 でも本当は、毎回指先が冷たくて、脂汗のようなものが滲んでいて、息をするのが辛かった。
「…俺がいる。大丈夫だ。好きなだけ泣けばいい…」
 その言葉に、ようやく自分が泣いていると知った。

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…今回書く、と決めた部分までいかなかったってどういうことかな…(汗)。なんだかこう、馬鹿ー!!と自分に向けて大絶叫。長引いてます順調に。ぐあ。
しかし書いていくたびに私の心は裏設定否定派の皆様への謝罪ばかりがもわもわと増えていっております。うう。自分の好きなものを書くんだ、これが書きたいんだと言い聞かせつつ、たしかに瀬戸口と壬生屋が絡むシーンは楽しくて仕方がないのですが。ですが…がく。
でも壬生屋と瀬戸口が絡むとこは本当に楽しい…くそう(笑)。