如月がふと顔を上げると、劉は面倒くさげに教科書を開いていた。 留学生のくせに学校にきちんと出ているかどうかすら怪しい彼にしてみれば、それは実に珍しい光景だった。 しばらくそれを眺めていると、視線に気づいたのか劉が顔を上げる。 「なんやワイの顔になんかついとるか?」 「―――あ、いや」 一拍置いて、言葉を探す。とはいえ気を遣う必要もないかと思い直して、如月は思った通りに口にした。 「珍しいと思ったんだ」 「ワイ高校生やもん。そら勉強くらいするでー」 「…勉強できないと周りもうるさいしな」 その言葉に、劉の細い目がほんの少しだけ眇められた。 留学生として日本にいる以上、劉は本国では頭がいいはずだ。そしてどう育ったかは知らないが柳生を忘れず仇討ちのためにその年で何も知らない土地に来た。 たぶん年寄りたちはそれが運命だの宿命だのと言うのだろう。たしかに劉にも自分にも、そういう面倒くさいしがらみが存在する。 ―――でも。 「勉強できても周りはうるさいで?」 「でも踏み込んでこないよ」 出来る人間と出来ない人間とではまわりの認識が違う。 放っておいても大丈夫と思われるのと、そうでないのとでは格段の差があって。たしかに出来ても周りはうるさいけれど、それは遠くから何か言う程度で近づいてこない。 劉は、そちらを選んだのだ。生きていく中で。 「…なんや今日は絡んでくるなぁ」 劉は困ったように笑った。緊張した空気が一瞬だけ緩む。 それも、劉が生きていくうちに学んだこと。 「そういう気分なんだよ」 「厄介やなぁ」 時折、イライラするのだ。あれは嘘だとおもうと。 誰かと楽しそうに話していても、たとえばオーバーなリアクションで騒いでいても、心を感じない。 「でも、そうやな。それに気づくってことは翡翠ちゃんも同類ってことやね」 「……」 「そうやろ?」 「あまり嬉しくないな」 劉と一緒に暮らすようになったのは龍麻の進言があったからだった。 それがなければ多分こうしていることは絶対になかったはずだ。 そうして暮らすうちに、少しずつわかってきたのだ。彼がどういう人間か。 関西弁が嫌いなのだと思っていて、実際そうだったのだけれど、決定的に劉を嫌った理由、が。 ―――あったのだ。 「ワイかて嬉しくないわー」 本心を隠して他人と接するとか、本当は人と一緒にいるのがあまり好きではないとか。 似ていたのだ。自分と。だから嫌いだった。 「まぁばれとるんならしゃーないな。翡翠ちゃんの言う通りやし」 それでも、自分と少し違う、前向きなところが少し羨ましくもある。 もしもこの立場が逆だったら、どうだっただろうか。こんなに落ち着いて受け入れられるだろうか。 たぶん、無理だろうと思う。 一方的に激怒して会話にもならないはずだ。自分の行動を予測するのはあまり好きではないが、それでもそう思った。 「翡翠ちゃんでよかったわ」 「―――そうかい?」 「アニキあたりやったら命なかったで」 「そうかもね」 だから、選んだのかもしれない、と思った。自分を。 劉には如月を。そう考えた本当の理由はわからないけれど。 「でも反則やで翡翠ちゃん」 「反則?」 「いきなりそう言うこと言わんといてや。いろいろ考えてしもうた」 実に楽しそうに、劉は再度教科書に向き直った。 目で教科書の文字を追いながら、それはまるで冗談のように。 「生かしとくと面倒かもしれんなーとか」 そういうことをさらりと言える劉の、感覚はいまいちわからない。 でもそれが劉の本質か、と思って小さくため息をついた。 「…一応、僕にもメンツがあるからね」 「ただではやられんて?」 「相打ちくらいには持ち込もうと思う」 「自信ありそうやなぁ?」 如月もようやく何か吹っ切れたような顔で帳簿をつけ始めた。 「あたりまえだよ」 こういう会話をするのも悪くないなと思った。 |
読みずらいですか2ポイントだと…ネスケの人ごめん(汗)ていうかこの色も悪いですね。ちょっと実験だったのです。内容的には誕生日企画の時にあげた「一つ屋根の下で」の続き。そろそろ心を開いてきておりますという。ていうか会話を聞いてたら凍えそうです…中途半端な会話というか。 |
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