その視線が。まるで射抜くようだったので。
如月は見てはいけないものを見たような気分になった。
劉が復讐のためにこの地を踏んでいるのはすでに知っていたことだったが、それでもそれは鮮烈な印象を持って、脳裏に焼き付いた。
―――龍麻が柳生に斬られた。
重体のまま運び込まれた先で、仲間たちは沈んだ表情で扉が開くのを待っていた。
誰もが龍麻の安否を気にしている。
だというのに、如月には龍麻よりも気になることがあった。
(…劉)
椅子に腰をかけて、俯いている。
両手を握り締めて、何かに耐えるような様子だ。
(―――あれは)
あれは、耐えているのではない。
直感のようなものだったが、たぶん間違ってはいないのだろう。
確信していた。
(あれは…殺気を隠しているんだ…)
龍麻が斬られた。
最初に駆け寄ったのは京一と美里。次々と仲間たちが走りよる中で、劉だけが立ち尽くしていた。
一歩も動かず、龍麻の後ろを見ていた。
それに気づいたのは、病院に運び込むために醍醐が抱えあげた時だ。
「劉!?」
声をかけた。その声にうつろな目で反応した劉の、その目が。
地の底から呪う声が聞こえてくるような錯覚を覚えた―――。
のまれたままで呆然としていたところに、誰かが声をかけてくれた。
「…ッ、」
金縛りがとけたような気分で、如月はもう一度、劉を呼んだ。
「劉!いくぞ!」
どうしてそんな目をしているのか。
その瞬間の呟きを聞き取れなかったらわからなかった。
「―――柳生…ッ!!」
だからああやって、劉は自分の身体から立ち上る殺気を隠そうとしている。
この場から離れるわけにもいかず、かといって殺気をみなぎらせるわけにもいかず。
如月には、「復讐」というものが生み出す力がわからない。
言葉と頭で理解しているつもりでも、目の当たりにしたその負の力はそれを上回るものだった。
(―――こわい)
そんな感情の波を、如月は知らない。
知らないから、わからない。
劉の気持ちも。
肉親を殺されるというのはどういう気持ちだろう。
目の前で何もかもが消えるのはどういう気分だろう。
身一つで何も知らない土地に来るというのは?言葉の通じない国であてもなく復讐の相手を探すというのは?
どれだけ考えても、如月にはその気持ちはわからなかった。
自分には与えられたものがたくさんあるのだと、ようやくわかった気がして、如月は眉をひそめた。
(…復讐だけ、なんだ…)
劉の中にあるのはそれだけだ。
それ以外は何もない。復讐するという、それだけの気持ちで来た彼は。
(…本懐を遂げたら、どうするんだ?)
ふと、如月は劉を見た。
相変わらず微動だにしない。押し殺した感情と戦っているかのようなその姿に、ふと死相が見えた気がした。
(―――まさか)
首を振る。自分の考えの愚かしさに失笑した。
が、それでも。
(…有り得ない)
不安が消えない。見えるはずのないものが見えている気がする。
どう考えてみても、劉の未来が思い当たらない。
復讐を。
柳生は強い。龍麻を一刀のもとに斬り捨てるような男だ。
かなうのか、劉が。
心臓が、大きく脈打った。
(違う、今は龍麻が斬られて安否がわからないから弱気になっているだけだ)
必死に否定する。未来がないなんてことはないと。
でも―――。
(あの柳生を殺す、として)
劉の決意は固い。でなければここまで来るはずがない。
(刺し違える覚悟があってもおかしくない…)
指先から、血の気がひいた。
死ぬかもしれない。劉が。
次に柳生と対面したときに。
そこまで考えついて、如月はゆっくりともう一度首を振った。
自分の予感を消すために。
(…関係、ないじゃないか)
強がっている。自分に自分で強がってみてもどうにもならないが、如月にとっては大きいことだった。
(劉が、死のうが…)
本当に、そうだろうか。劉が死んだら、自分はどうする?どうなる?
泣くのか、何も思わないのか。
自分がわからなかった。考えたくないのに思考が暴走している。
脳裏にちらつく、劉の姿は。
赤い河で倒れている劉だった。
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